ほう太パパの七転び八起き

妻にナイショのブログじゃありません。

祝!息子の登下校とツツジの蜜。

先日(6月20日)ようやく長男がひとりで(正確には友だちとのグループで)小学校へ登校できた。長男は今年の春から小学1年生。ひとりで登校できるようになるのに、およそ3ヶ月を要したことになる。

 

この月日を長いとみるか短いとみるかは様々だろうけど、保育園を卒園するまで保育園を好きになれなかった長男のことを思い返せば、思ってたよりも順調に両親の手を離れたなというのがぼくの感想だ。一緒に登校するグループの中にはしっかりした女の子がいて(長男と同じ1年生なのだが)あの子が一緒に行ってくれるのなら安心だなと思っているのだけど、帰ってきた息子の話を聞いてみると「長男くんは道を分かってないよね」とか言われたらしく、そのことで本人はムッとしていた。ふてくされてた。まあ、道は分かっているだろうが、すぐに通りに飛び出してあぶなっかしいもんなあ。

 

長男がひとりで登下校できるようになって、ふと自分が1年生だったころを思い出した。ぼくの家は小学校から結構遠くて(googleマップで測ったら2kmほどあった)たしか1時間くらいをかけて歩いていたと思う。母はとても心配していたけど、ぼくとしては結構楽しみながら登下校していて、そんなにつらかった記憶はない。むしろ登下校中にはいろんなことがあって、いまでも思い出すたくさんの出来事がある。

 

例えば、登下校のちょうど中間地点にガソリンスタンドがあった。

そこでぼくはよく、お茶を飲ませてもらっていた。毎日ではないけれど、それなりの回数、お茶をごちそうしてもらったことを覚えている。そしてまれにオレンジジュースが出てくることもあった。あれから30年以上が経過したいまでも、あのジュースを超える甘さに出会ったことはない。

 

なぜガソリンスタンドで飲み物をごちそうしてもらえていたのかは謎のままだが、あるとき友だちが「あのガソリンスタンドでお茶を飲めるよ」と言い出して、半信半疑でついていったらほんとうにお茶を飲ませてもらえたのだ。たしか4,5人のグループで飲みに行っていたと思う。

 

ここまで書いて、ああ、もしかしてガソリンスタンドでごちそうしてくれてたのは、同じ小学校に通う保護者だったのかなと気がついた。にしても、直接の接点のない子どもたちにお茶をごちそうするというのは、経済的にも、手間の面でも、安全性の面でも、いろいろと大変なことだったろう。おそらくこういうことは今のご時世ではまず見られないことだろうけれど(いや、当時でもめずらしかったか)蒸し暑い日にてくてく歩いて、あのガソリンスタンドで飲んだお茶は最高においしかった。

 

最高においしかったと言えば、ある日一緒に帰っていた友だちが、ツツジの花をつんで「これ飲んでみ」とぼくに差し出してきたことがあった。ぼくは花に対してまったく関心のない子どもで、蜜を飲むなんて発想もまるでなく、こんなのがおいしいわけ・・・と思いながら飲んだら「なんじゃこりゃー」て登下校の中心で叫んじゃって、ぼくは家に帰るなりそのことを母に報告した。しかし母がその感動を共感してくれることはなく「野外に咲いているものをむやみに口にしてはいけません」と、叱られたというのは大げさだけれど、えらく心配されたことを覚えている。つまんないなーと当時のぼくは思ったけれど、こうして子どもを持つ身になると、母の気持ちも分からないでもない。だけれどもあのおいしさを共感してもらえなかった寂しさが、30年以上を経ても残っているわけだから、子どもへの接し方はゆめゆめ気をつけなくてはならないものだなあ。

 

そうしてぼくは、あのころのぼくと同い年になった息子が、ある日にこにことツツジの花びら片手に帰ってくる日を心待ちにしている。

 

twitterやってます。

※ブログ記事へのコメントは可能ですが表示はされません。