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ほう太パパの七転び八起き

妻にナイショのブログじゃありません。

子育て死ぬ系の記事が理解も共感もできないあなたへ、鍋を取り分けると不機嫌になる妻の話をしてあげよう。

こちらの記事を読みました。

anond.hatelabo.jp

 

そりゃあ炎上するよな、て内容なんですが、コメントに「個人差以外のなにものでもない」というようなことが書かれていて、それはたしかにそうなんだけど、たぶん上の記事を書いたひとはそれでは納得しないだろう(なんでそんな個人差があるんだろう、とか考えるだろう)と思うので、僕の妻の話をしてあげよう。(当人が僕のブログを読んでくれるとは思えないけど)

 

子育て死ぬ系の記事が理解も共感もできないあなたへ

 

あなたは鍋が好きですか?

(今は夏だし、鍋気分じゃないのは分かるけど、冬の凍えるような寒さのなかで食べる鍋のことだよ)

僕も妻も鍋が大好きなんだけど、妻と鍋を一緒に食べるようになって驚いたのが、妻にね、よかれと思って取り分けると不機嫌になるんだ。初めて不機嫌になられたときは、せっかく取り分けてあげてるのになんだよその態度、とムッとしたし、取り分けて不機嫌になる人間がこの世に存在することに驚きもした。

 

妻が不機嫌になる理由は(直接聞いたんだけど)、自分のペースで鍋を食べたいからだった。お皿に取るものも、自分の好きなように取りたいらしい。要するに、僕の行為は余計なお世話ってわけ。こうやって書くと妻に共感する人も多いかもしれない。

 

妻は大家族で育っていて、僕はひとりっ子だった。妻は自分のことは自分でしないといけない環境だったようだし、僕の場合は母がなんでも世話を焼いてくれた。そういう育ってきた環境が違うから〜(セロリ♪)的なことも大きいんだろうね。

 

さてこれは完全に憶測なんだけども、あなたは僕と同じく鍋を食べるときに、率先して他人の皿に取り分けるタイプじゃないかな? そうすることがやさしさだし、取り分けてあげた人から「ありがとう」と言われたらうれしい。(ちがったらごめん)

 

僕はね、自己犠牲(なんて言うとちょっと大げさなんだけど、この言葉がしっくりくる)を美徳とする母に育てられたので、僕もその影響を思いっきり受けている。(正直、それがいやなんだけども、それはまた別の話)そして、僕の妻は、自己犠牲という考え方はみじんもないし、好ましいとも思ってないね。

例えば僕は、家での料理を担当しているんだけど、どんなに料理が大変でも家族のみんながおいしいと言って食べてくれればそれですべてが報われる。だけども、妻はそういうことで喜びを感じないし、料理も嫌い。

 

ここで誤解してほしくないのは、僕の考え方が妻より人間的に優れているとか、そういうことじゃないんだ。(おそろしいことに、かつての僕は妻より優れていると思っていて、妻の言動を変えなくてはと考えていたころがあるんだけど、それはまた別の話)

自己犠牲なんてものは、人が生活していく上での指針のひとつでしかなくて、それで幸せを感じる人はそうすればいいし、それで幸せを感じない人がいるということも忘れちゃいけない。きのこの山と、たけのこの里のどちらのほうがおいしいか、くらいどうでもいいことなんだ。(あ、もし、あなたがどちらかの信者だったら、例えが悪くてほんとにごめん)

 

ところで僕の妻は、第一子を出産した直後、子育て死ぬ状態に陥っていた。

これもまた僕の憶測なんだけども、それでも妻を一番そばで見てきて思うのは、自己犠牲の感覚を持っていない人にとっては、子どもに手のかかる状態が絶え間なく続くというのは、もうすべてを投げ出したくなるくらいにつらいことなんだよ。

自分の時間が持てないとか、自分はなんのために生きているんだろうとか、こんな生活自分が望んだことだったろうかとかね。あのころの妻は本当にきつそうだった。

 

もちろん、僕は妻をサポートしようとしたけれども、妻の望むように僕が動けないことで逆にストレスを与えたりと、それはそれで大変だった。(けども、その話は本題からそれるので、ここではしない。よかったら僕のブログの過去の記事をあさってほしい)

 

あなたの疑問に適切に答えられたか分からないけれども、僕の妻の話をすることで、少しでも育児に対する個人差があるのだということを実感してもらえればと思う。

あと、これも念のために言っておくけど、

自己犠牲の感覚がない人にとっては育児はつらい

というのが、この記事の結論じゃないからね。育児が死ぬほどつらくなる理由は本当に人それぞれ。ここに書いたことはあくまでひとつのお話として聞いてもらいたい。

 

あ、最後に、妻のフォローもしておこうか。

我が家では妻がいることでバランスが取れてるんだよ。

自分で言うのもなんだけど、僕に似た性格の妻だったら、子どもたちはそれはもう息苦しかっただろうと思う。子どもたち(5歳と2歳)は、早くも僕を口うるさい父親だと認識しているようだ。妻はそういう子どもたちにとっての休息の場になっている。

妻は、僕と違って子どもたちの写真をまめにフォトブックにしたり、子どもたちの誕生日には部屋のなかを彩ったり、僕にはない素敵な面をたくさん持っている。

そんな妻と子どもたちに恵まれて、僕はいま、幸せです。

 

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