読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ほう太パパの七転び八起き

妻にナイショのブログじゃありません。

子どもを怒鳴るたびに子どもの創造性を殺している。

実は現在、妻が入院中で、育児・家事をひとりで請け負っている(ワンオペ)状態が1週間ほど続いている。保育園にお迎えにいったその足で、妻の入院している病院を見舞うのだが、先週は特に天候も悪く5歳の息子と2歳の娘を連れての移動はなかなかしんどかった。

晩ご飯は外食やお弁当に頼っているのだけど、やっぱり負担はかなり大きくて、そのせいで普段ならば看過している子どもたちの言動を怒鳴り散らすことが増えている。そんな自分が本当に嫌なのだが、だからといって簡単に押さえることができる衝動でもなく、どうしたものかと思っていた矢先に偶然こちらの動画を見つけた。

 

www.ted.com

 

とても興味深い話なのでまだ見たことのない方はぜひご覧いただければと思うのだけど、この話から私が考えたことは、もしかすると自分が怒鳴ることによって、子どもたちの創造性を壊していた(他でもない父親の自分が!)のではないかということだ。

 

私は大いに反省した。

 

そして今までの自分の言動を振り返り、我が子の創造性を殺してしまうような悲劇を二度と生まないよう、ここに私の愚行を書きしたためようと思う。

 

洗面所にて

朝、洗面所の引き戸を開けておく(兄)か閉めておく(妹)かで大げんか。

開けちゃ、閉め、開けちゃ、閉め・・・の繰り返し。これで怒鳴ってしまったのだが、もしかするとアインシュタインもびっくりな、時空間の歪みを超越した「開いているのに閉まっているトビラ」みたいな、新たな物理法則が見つかっていたかもしれなかった。すまない、世界のみんな。私のエゴによって人類の貴重な知惠を失ってしまったようだ。

 

長椅子にて

保育園に行こうと急いでいるのに、息子がすっぽんぽんでリビングの長椅子に寝そべっていた。私はそれを笑って眺めることができなかった。もしかすると宇宙との対話だったかもしれないのに。私は目先の5分10分の些末な時間のロスに気をとられ、怒鳴り散らした。その声は宇宙との通信にノイズを発生させてしまったと思われる。もし火星から進化したGが責めてきたら私の責任だ。

 

おもらし

最近、おむつを卒業しパンツトレーニングに入った娘に「そろそろトイレに行っておこうか」と声をかけたのに、娘は私を無視して遊び続けて、あげくにやっぱりおもらしをした。悪意のない行為だったにも関わらず、私は「さっきあれほど言ったでしょ!」と怒鳴ってしまった。これによって娘はおもしらし=悪だと認識してしまったことだろう。

なんということだろう。もうあと数十年もすれば私の方がおもらしをする側の人間になっているかもしれないのに。そのときに娘は私を介護してはくれないだろう。きっと私がそうしたのと同じように、私のことをののしるだろう。私が怒鳴ってさえいなければ、娘は私のために何日でもはき続けることができる介護用おむつを開発していたかもしれないのに。

  

ダンゴムシ 

保育園に行こうとしているのに、子どもたちは自転車に乗らず、いつまでもだんごむしと戯れていた。だんごむしといえば、風の谷のナウシカの王蟲(オーム)だ。もしかするとこのことでオームの怒りを買ったかもしれない。我が子たちは未来のナウシカだったのかもしれないのに。世界を危機的状況に陥れたかもしれない。私のつまらない一時のいらだちのせいで。みなの家を、ダンゴムシ、もといオームが破壊しに行かないことを願うばかりだ。

 

トイレにて

息子がトイレからいつまでも出てこないので見にいくと、便器に座った状態で自分の体にフタをしてどれくらいその姿勢に耐えられるかを試していた。くだらないことを、と一蹴してしまったが、あれこそまさに、アートだったのだ。凡人には発想できない、あまりにも前衛的なアートだったのだ。私は写真にも撮らずに怒鳴ってしまった。人間の深淵に迫っていたアートをこの世から無下に消し去ったお詫びにせめて手書きで記しておく。

f:id:houta30:20160705121626p:plain

 

以上、ここに上げたのは私が子どもたちの創造性を殺したほんの一例だ。もしかすると私自身の問題ではなく、世界的なイノベーションを逃したのだとすれば悔やんでも悔やみきれない。反省してもしきれない。

せめてもの償いとしてこの記事をしたためた。もしあなたのお子さんが同様のことをしていたとしても、どうか怒鳴らずにあたたかく見守って欲しい。そのことがひいてはこの世界を救うかもしれないのだから。

 

twitterやってます。

 

※ブログ記事へのコメントは可能ですが表示はされません。