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ほう太パパの七転び八起き

妻にナイショのブログじゃありません。

妻の「じゃ、いいや」が僕を鼓舞する。え? 洗脳されてるって? うん、そうかもしんないね。

僕の、目に入れても痛くないわけねーだろの最愛の妻の話をします。ここ最近、妻とのいざこざばかりをブログに書いていたので、微笑ましいエピソードを探してみました。だから安心してご覧ください。

 

僕の妻は自分ではまるで料理をしないんですが、そのことをここでとやかく言うつもりは毛頭ないんですけど、ほんとしないよねー。それを思うと付き合いだしてすぐのころに作ってくれた10本の指で足りる料理がキセキのかたまりでした。

あした、きょうよりもすきぃになぁれるぅ〜はずなのに、なんかあのころがピークだったような。あ、うそです。盛大にうそです。現在進行形で緑の人たちが歌ってたようにますます好きになってます。久しぶりに最愛の妻の手料理を思い出したので、なんかもうそれだけで2016年の後半をがんばれそうな気がしています。

 

そういえば先日、日曜日だからと油断して寝過ごしてしまったことがあったんですが、そしたら台所からガタゴト音が聞こえてきて、え? なに? 僕の最愛(本日何度目?)の妻が朝ご飯作ってる? マジで? 僕と子どものために作ってくれてる?? あれ今日なに? 僕の誕生日? 盆? 正月? と思いながら起きてみると、自分の分だけパンを焼いてほおばってたよね。妊婦は腹が空くからとかなんとか言ってたかな。あ、妻が料理をしないことでとやかく言うつもりはなかったのに、とやかく言ってしまいました。ごめんご、アミーゴ!

 

でね、まあ、そういうことだから僕が食事担当ということになるよね。

いえね、それ自体になんら不服はないのです。

ただ、朝ご飯の味噌汁のダシが顆粒ダシだと、いいですか、ここ大事なので詳しく書きますけど、お湯を注げばできあがりのインスタントの味噌汁ではなく、顆粒ダシなんだけど具材はちゃんと包丁で切ってるようなそういう味噌汁なんですが、それだと妻のテンションが下がるんです。

「あ、今日のお味噌汁、天然ダシじゃないね」みたいな。

「顆粒ダシって塩辛いよね」なんつってね。

「いいのいいの、これはこれでおいしいから」みたいなひとり言とともに、すするわけです。

なんか、風が吹きます。僕の心の一番敏感なところをすーっとね。そのときの僕の気持ちを歌に乗せて、そうだな、徳永英明に歌って欲しい。

 

こんなこともありました。

お野菜ひとつ準備すればおいしくできあがるクックドゥの甘い誘惑に誘われて、硬派な僕もほんの出来心でそれを食卓に並べたのです。その日は、スーパーの総菜+クックドゥで、確かに手抜きだったんですけども、あまりに妻のテンションが低いもんだから、ついつい「今日のメニューでどれが一番おいしかった?」って聞いたら「キュウリスティック」て答えたよね。

キュウリスティック!

いやまあ、僕が切ったものだから、僕が作ったものにカウントしてもいいのかもしれんけど、キュ、キュ、キュ、キュウリスティック!!

 

それ以外にも、冷や奴に生姜を添えようとするじゃないですか。そしたら

「すってくれたの?」

「いや、チューブ」

「じゃ、いいや」

もありますし、

 

「リンゴいる?」

「冷えてるの?」

「いや、ちょっと前に冷蔵庫から出した」

「じゃ、いいや」

とかね。

 

いやもう、数えればキリがないです。でも、妻の「じゃ、いいや」が僕を鼓舞するのです。そうか、今度は天然ダシを取ろう。生姜をすり下ろそう。リンゴをギリギリまで冷やしておこう。

どんだけMやねんとか、どんだけ洗脳されとんねんとか、新興宗教か欧米か、とかそういう言葉はすでに僕の耳に届かないようにプログラムされているので、わざわざコメントいただかなくとも結構です。

とにかく、僕の最愛の教祖、じゃなかった、最愛の海原雄山、もとい、最愛の妻の喜ぶ顔がみたいだけ。これが僕ら夫婦の愛のカタチ(カタカナにするとなんとなく盛り上がるよね)なのです。他の誰がなんと言おうともね! 叫んじゃうよ、どこぞの中心でナントカを叫んじゃうよ!

 

さてと、今日の晩ご飯はなににしようかしら。

 

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