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ほう太パパの七転び八起き

妻にナイショのブログじゃありません。

産前なのに産後クライシス。「妊娠なんてしなきゃよかった」と妻が言った。

出産

妻のお腹の中には赤ちゃんがいる。僕ら夫婦にとって3番目の子どもだ。

 

今回の妊娠は、年齢を重ねていることもあり毎日体がきつそうだった。特に動悸やめまいがひどいらしく、仕事はもちろんだが会社までの通勤自体が大変そうだった。僕もできる限りのサポートをしてきたつもりだったが、先日、妻が切迫早産という診断を受けた。

 

幸い、即入院というような深刻な事態ではなく、薬を処方されて家で安静にして様子を見ましょうということになった。ただ、仕事は今まで通り続けられないということで、休業する方向で会社と相談しているらしかった。

 

ところで僕は職場に恵まれて、ほぼ残業のない生活をしている。なので毎日の保育園の送り迎えは僕の仕事だ。

しかしながら、ごくまれに残業があって、不運にも妻が切迫早産の診断を受けた翌日がそれだった。

その日残業になることは事前に分かっていたので、妻に保育園のお迎えをお願いし、OKの返事をもらっていたのだが、切迫早産の診断が出たので保育園のお迎えは難しいかもしれないと僕は思った。その一方で絶対安静ではなかったし、妻からも「仕事の引き継ぎがあるから在宅でできる仕事はやるつもり」みたいな話があったので、タクシーを使ってのお迎えならなんとかなるのかな、とも思っていた。

 

それで僕は「明日のお迎えだけど行けそう?」と妻に確認した。

すると妻の表情がみるみる変わり、

「お迎え!? 行けるわけないでしょ? 言ったよね、切迫早産て! なんでそういう発想になるわけ?」

と鬼気迫る様子でまくしたてられた。

 

正直僕はびっくりした。あまりにも激高した妻の様子に。

繰り返すが、僕は「お迎え行けそう?」と聞いただけなのだ。

決して「明日はどうしても残業だから、お迎えには行って欲しい」というような物言いでもなんでもなかった。

妻の返事が「お迎えはやっぱり無理そう」だったら、「ああ、やっぱりそうだよね。なんとか対策を考えないとね」みたいな話の流れになっただろう。

 

決して自分を正当化したり、妻を糾弾したりするつもりはないけれども、妻の言動は、僕の理解をはるかに超えた、まるで妻になにかが乗り移ったかのような感じで、いつもの妻じゃないと僕をおびえさせた。と同時に、初めて見る妻でもないとも思った。

 

そう、あれだ、産後クライシスというやつだ。

 

産後クライシスまっただ中の、人が変わったかのような妻が目の前にいた。

ただし、強調しておきたいことは、産後じゃないということだ。赤ちゃんはまだお腹のなかにいる。

まさかの、産前なのに産後クライシス!

 

その後の会話を以下に記す。

 

妻「どうしてもう……、なんでさ……、なんでお迎えとか言うかな」

僕「まあ、落ち着いて。僕はただお迎え行けそうって聞いただけだよ」

妻「1人目のときに切迫早産で入院したから、分かってると思った」

(注:妻が言う通り、1人目で入院しました)

僕「あのときは大変だったね」

妻「もう何年も前のことだから覚えてないって言われたらそれまでだけど、切迫早産の大変さは知ってるでしょ」

僕「もちろん、覚えてるさ。あのときは大変だった。でも今回は入院にならなかったから、もしかしたらタクシーを使ってのお迎えくらいなら行けるのかなと思ったんだ。悪気はなかった」

妻「切迫早産で仕事休むことになったんだよ……」

僕「そうだね、いろいろ大変だよね」

妻「入院じゃなかったけど、基本家から出ちゃいけないわけ」

僕「うん、安静にしなきゃ」

妻「本当は、私……仕事で誰にも迷惑かけないように、余裕をもって引き継ぎの準備して……だけど、そういうの、もう全部ダメになった。急に仕事行けなくなったんだよ。分かる? 会社のみんなに迷惑かけてる。自分で自分を裏切ったんだよ!!」

僕「ちょ……ちょっと待って。自分で自分を裏切ったってどういうこと? 君はなにも悪いことはしていない。用心に用心を重ねて、それでも仕事を毎日がんばって、切迫早産になったのは誰のせいでもないよ。ましてや君自身の——」

妻「もう……ほんと自分がイヤになる……」

僕「だから待ってって。自分で自分を責めちゃいけない」

妻「こんなんなるんなら、妊娠なんてしなきゃよかった」

僕「それだけは言っちゃいけないよ。お腹の中の子が聞いたら悲しむじゃないか。僕だって悲しい。ふたりで望んだ子どもじゃないか。どんな困難があっても、協力し合って乗り越えようよ」

妻「もういい。疲れたから、休む」

僕「……分かったよ。お休み」

 

ボイスレコーダーを使ったわけじゃないから、もちろん正確さに欠けるが、だいたいはこんな感じだった。かなり深刻な状況だったのは、お分かりいただけるのではないかと思う。

 

もう我が家は悲惨ですよ、家庭崩壊。すでに子どもふたりいるのに。

マジどうしていいか分からん。

そもそも夫婦共働きで3人目を出産するなんて無理ゲーだったんだ。日本死ね! 

 

・・・みたいな話をしたいわけじゃない。

 

実は上の会話から2時間ほどのち、僕ら夫婦は何事もなかったかのように笑い合って会話をしていた。今日ぼくがブログに書きたかったことは、たとえ妻が上のような状況になっていても、2時間後には普通の状態に戻ることもあるんだよ、ということだ。このことを同じような境遇にいる男性諸氏に伝えておきたいとそう思ったのだ。

 

たぶん、どうやって仲直りしたのか気になっている方も多いと思う。

実は、なにもしてない。

本当になにもしていないのだ。

 

あ、いや、ひとつだけ誤解を招いていたかもしれない。

もう一度上の会話に戻っていただきたいのだが、僕のセリフ、あれは全部僕の心の中のものだ。実際には僕はひと言も発していない。僕が口にしたのは、一番最後の「……分かったよ。お休み」だけ。

ただひたすら、妻の話を聞いていた。こちらの主張はもちろんのこと、共感も、アドバイスもなにもしなかった。

 

僕にとっては3度目の産後クライシスだった。(繰り返すが、正確には産前だ)

1度目は、本当にもう、大げさでなく毎日家に帰るのがしんどかったし、離婚という言葉が頭によぎって、息子のことを考えて必死に毎日をやり過ごしていた。

2度目は、1度目の経験があったので多少の免疫はあったが、それでも数回はこじれた。このとき、アドバイス等はタブーで共感の重要性を学んだが、それでもなにかが違うなという思いは残った。

そして、今回の3度目。

久しぶりの産後クライシスの空気に、僕は恐れおののきながらも、なんというかゆとりのようなものがあった。

これは自然災害のようなものだ。

身の安全を確保して堪え忍ぶのみ。

決して逆らってはいけない。

備えは十分にある。今の妻の破壊力は驚異的だが、持続時間は限られている。必ず終わりがくる。復興できる。

 

そういう心持ちで話を聞いた。

 

ただ誤解のないように補足しておきたいのだが、ただ聞き流せばよいというのとも少し違う。いや決定的に違う。

上に「ゆとりがあった」とか「備えは十分にある」などと書いたが、それは僕自身のレベルアップを意味することではない。そうではなくて、妻とともに2度の産後クライシスを乗り越えてきた、もしくは日々の育児のなかで培ってきた信頼関係があるからこその、ゆとりや備えなのだ。

だからこそ、僕が口にした「お迎え行けそう?」の言葉に悪意がなかったことはしばらくすれば妻は分かってくれるはずだと考えることができたし、「妊娠なんてしなきゃよかった」が妻の本心ではないという確信が持てたのだ。

 

夫婦関係にヒビが入りそうなとき、その原因はコミュニケーション不足だと考えられるが、だからといってその渦中にいるときに急にコミュニケーションを取ろうとしてもうまくはいかない。問題がおきているその真っ最中に、5分、10分、いや、たとえ60分真剣に話し合ったところで、なかなか解決には結びつかない。毎日の積み重ねでしか解消されない問題なのだ。

僕ら夫婦には幸いそれだけの時間があった。だから今回大事に至らず、妻が激高した2時間後に笑って話すことができたのだと思う。(ちなみに、妻が2時間後に起きてきて、普通に声をかけたら普通に返してくれた)

 

以上が、先日我が家で起きた「産前なのに産後クライシス」でした。

同じような悩みを抱えている方にとって、少しでも参考になれば幸いです。

僕ら夫婦も油断することなく、3番目を無事に出産したいと思っています。

 

twittterやってます。

 

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