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ほう太パパの七転び八起き

妻にナイショのブログじゃありません。

夫婦間のすれ違いについて、GLAYとL'Arc-en-Cielを例に考えてみる。

当ブログでは夫婦間のすれ違いや共感の大切さ、産後クライシスの話題を何度か取り上げてきまして、自分としてもそのあたりの経験をそれなりに積んできたという自負があったのですが、まだまだだったと反省する事件が先日生じましたので、自戒を込めて記事にしたためます。

なお、以下に書くことはあくまで個人的な体験であり、世間一般の夫婦にそのままあてはまるわけではありませんので、ご了承ください。

(こういう1文を入れないと炎上するというのも学びました。なんか、ダイエット製品の個人差あります、みたいな文言だな・・・)

 

我が家には5歳の息子と2歳の娘がいます。二人とも保育園に通わせているのですが、この保育園では毎月お誕生日会というのがあるんですね。お誕生日会ではその月に生まれた子どもたちがステージ上に立って、みんなから祝福を受けます。ちょっとした余興もあるらしい(実際に見たことがないので分からない)

このお誕生日会は希望すれば保護者が見ることができまして、大体毎年、妻が仕事を休んで見に行っています。

 

さて、事件の概要についてお伝えします。

先日、息子の誕生日会があったのですが、その前日に娘が熱を出して保育園から早くお迎えに来て下さいと呼び出されることがありました。

 

保育園からの連絡を受けた私は、妻より先に保育園にお迎えに向かいました。

そのお迎えの電車の中で、私はLINEで妻に「明日の誕生日会に参加するのは難しいだろうね」という趣旨のメッセージを送りました。

(事態がややこしいので補足しておくと、お誕生日会は息子のものですが、娘が発熱していて娘を小児科受診させないといけないから、お誕生日会を見にいくのが難しいだろうね、とそういうことです)

 

私としては、妻がお誕生日会に参加するのを楽しみにしていることを十分に分かっているつもりでしたし、それができなくなった悲しみに共感を示したつもりでしたが、私からのメッセージを受け取った妻は、自分がどれほど息子のお誕生日会に参加することを楽しみにしていたか、あなた(私のことです)は分かっていない。あなたに話してもムダ。みたいな発想になったらしいです。(あとで話して分かったことです)

 

私としては、本意とは180度違う形で妻が受け取ったことがショックで、

「楽しみにしていたイベントのときにちょうど発熱するとか、いままでたくさん一緒に経験してきたじゃないか。だから、お誕生日会に行けなくなって残念な気持ちは十分分かるよ。なんで、ぼくには分からないなんてことを言うのさ」

みたいなことを言いました。

妻は妻で

「私は、あなたに仕事を休んで娘ちゃんの看病をしてほしいと思うくらい、息子くんのお誕生日会に行きたかったんだ」

と言い返しました。

 

お誕生日会当日は、私は仕事を休めない状況にあったので、妻の言うように娘を看病することができない状況でした。妻もそのことは理解していました。妻が言いたかったのは、そのくらい息子のお誕生日会に行きたかったのだということであり、私が休む休まないは本質的なことではないのです。(余談ですが、私のほうが妻よりも時間に融通の利く仕事をしており、普段はほとんど私が子どもたちを小児科に連れて行っています。ですから「小児科に連れて行くのはいつも私ばかり」というような妻の不満ではありません)

 

この出来事を後日冷静になって振り返ったとき、もちろんいろんな原因が考えられますが、次のように考えてみるとすっきりしたので、そのお話をしたいと思います。

 

私たち夫婦は音楽が好きでした(あくまで例え話です)

妻はGLAY(以下、グレイ)のファンで、私はL'Arc-en-Ciel(以下、ラルク)のファンでした。

妻はグレイのライブに行くことを楽しみにしていたのですが、急きょそのライブが中止になりました。

そんな妻に対して、私が、

「ライブに行けなくなって残念だったね」

みたいに言ったとします。しかし妻は、

「私がライブに行けなくなった悲しみは、あなたには理解できない」

と言います。私は、

「いや、ぼくもラルクのライブに行けなくなったら悲しいから、理解できるよ」

と返します。それでも妻は、

「あなたはラルクのファンであってグレイのファンではない。だから、グレイのライブに行けなくなった私の本当の気持ちは理解できない」

と言ってきます。

この流れからすると、妻の気持ちに共感するにはグレイのファンでなければならないということになります。

 

これが夫婦間のすれ違いでしばしば原因となる共感の有無なのではないかと、ふと思ったのです。私としては共感しているつもりなのに、妻は共感していないと言う。共感のレベルの違いみたいなものがそこにはある。

 

ここで重要なのは、妻にしても、私にグレイのファンになってもらいたいとは思っていないのです。別に私はラルクのファンのままでよいのです。

じゃあ、どうすれば問題を避けることができたのでしょうか。

私が思うに、おそらくタイミングがまずかったのではないかと思います。

 

「ライブに行けなくなって残念だったね」

という言葉自体は悪くはなかったのだと思います。

ただ、それは本来、

「ねえ聞いてよ。私、ずっと楽しみにしていたグレイのライブに行けなくなっちゃったの」

と妻が切り出したときに言うべきだったのです。

ところが私は、テレビやネットなどの媒体を通じてグレイのライブが中止になったことを知り、そのことで意気消沈していた妻に対して、求められてもいないのに、共感(と自分が思い込んでいる)言葉を発していたのです。

 

このことは、前述のLINEのメッセージにもそのままあてはまります。

保育園からの連絡で娘が発熱したことを知る。息子のお誕生日会に参加することが危うくなった。その失意のどん底で、私が一方的に先回りして「お誕生日会に参加するのが難しくなったね」と発してしまったことが問題だったのです。(私は性格上、よくこういう先回りをしがちです)

私の言葉が事実に基づいているとか、共感しているつもりだった、とかは重要ではなく、あくまでタイミングが問題だったのではないかと。

そう考えると、自分の中でなんだかすっきりしました。

私の解釈が正しいのかどうか分かりませんが、この反省を次回に行かしていこうと思います。夫婦間(人間関係?)てほんとムズカシイネ。

 

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