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ほう太パパの七転び八起き

妻にナイショのブログじゃありません。

タクシーに乗ってて「看板の見えるところで止めて下さい」とお願いしたら注意された話。

雑談

みなさん、お久しブリ大根。

ちょっと、だじゃれでも言いたくなるようなことがあったので聞いてもらえるとうれしいです。

 

先日、タクシーに乗っていたときのことです。

我が家は集合住宅で、道沿いに住宅名の大きな看板が立っています。で、タクシーに乗って家に帰るときは「看板の見えるところで止めて下さい」とお願いするんです。

おそらく私、いままで何回もタクシー使ってて、たぶんずっとそんなふうにお願いしてたと思うんですが、先日初めて、そのことで運転手さんに注意されました。

 

「看板はずっと見えてますから、看板のところで止めて下さい、とおっしゃってください」って。

 

分かりにくいと思うので図解します。(図が下手でごめんね)

f:id:houta30:20150421120541p:plain

画像の下から上に向かって走ってると思って下さい。

私としては、看板が立っているCのあたりで止まって欲しかったのですが、運転手さんがおっしゃるには、看板はすでにAの地点からでもずっと見えてるんだから、「看板の見えるところ」では分からない、とそういうことなんです。

(ちなみに、うちの集合住宅の敷地は結構広くて、ちょっと離れたAも敷地内です)

 

ええ!?

と思う一方で、なるほど日本語というのは難しいな、とも思いました。

 

そもそも、私がなぜ「看板のところ」と言わず「看板の見えるところ」と言っていたのかを考えると、これってたぶん丁寧であることを目的とした「ぼかし表現」のひとつだと思うんです。

 

ここでぼかし表現についてお話しします。(みんな知ってると思うけど)

まずは「道浦俊彦/とっておきの話」から引用させていただきます。

「100円切手を二枚ほど下さい」の「ほど」
「今晩三人ばかりで、そちらにうかがわせていただいてよろしいですか?」の「ばかり」
「お茶でも飲みませんか」の「でも」

もうひとつ、http://ir.nul.nagoya-u.ac.jp/jspui/bitstream/2237/8231/1/4-18.pdf からも。

みなさま、バスほうは、ただいま、中央高速のほうへと、はいってまいりました。

「お前ら、お似合いのカップルだよ」「…そうかなあ」「結婚とか、しないの?」。(『時の鳥籠』、p.363)

私の「看板の見えるところ」という表現もこれらの1種ではないかと考えられます。(感覚としては、「中央高速のほう」の例に近い)

 

いや、まあ、無意識に言っていたことなので、ほんとうに「ぼかし表現」のひとつなのかは分かりませんけど、「看板のところで止めて下さい」と言ってしまうと、なんかストレートな表現だなって感じるのは確かです(私だけ?) もちろん、これからは「看板のところ」ってはっきり言いますけども・・・。

 

最後に、補足しておきますと、この日、タクシーの中では1歳の娘がぎゃーぎゃーわめいていまして、運転手さんにはかなりご迷惑をおかけしたことと思います。

正直なところ、運転手さんに注意されて、(そんなふうに言わなくたってサ)とくさくさしてしまったのは事実で、その感情を原動力にわざわざ手書きの絵までつくってこの記事を書いたのも確かですが、私に反省すべき点がたくさんあったと思っています。

 

運転手さんには、日本語の表現について改めて考えるよい機会を与えていただいたことに感謝しています、ということで本記事を締めくくりたいと思います。

 

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