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ほう太パパの七転び八起き

妻にナイショのブログじゃありません。

子どもが生まれるとどうでもよくなること。

育児 雑談

子どもが生まれると自分の時間が持てなくなるとか、子ども中心に毎日が過ぎていくとかよく言いますけど、それが実際どんな感じなのかって子どものいらっしゃらないかたには実感としていまいち伝わらないんじゃないかなと、ときどき思います。

子どもが生まれる前と後で変わることっていっぱいありますが、そのなかでも今日は「どうでもよくなること」の話をしたいと思います。というのも実体験を振り返ると、子どもが生まれてからというもの、この「どうでもよくなること」が増えた気がするんですよね。

なお、これはあくまで個人の体験に基づくものであり、子どもをもつ親御さんがみなそうであるという話ではありません。

 

あと、我が家は4歳の息子と1歳の娘がいるので、そういう環境での話です。年齢が高くなるとまた微妙に異なってくると思います(そこはぼく自身も未体験ゾーンなので)

あとあと、最後まで読んでいただくと分かりますが、これはなにもネガティブな話ばかりでなく、もしかするとライフハックとか、人間関係に頭を悩ませることがなくなったりとか、そういうポジティブな発見につながるかもしれません。

 

ではさっそく。

 

洋服がどうでもよくなる。

子どもの着る服じゃないですよ。自分の服です。

服を買わなくなります。てか、買う時間がなくなります。そしてちょっといいのを買ったところで、これをいつ着たらいいんだろうと悩むことになります。というのも、休日は子どもとよく公園で遊ぶわけですが、砂埃で大変なことになります。泥がかかることもあります。すべり台を一緒にすべって、もーれつにお尻が熱くなることがあります。

それは外で遊ぶときだけだろ、ですって? いえいえ、家の中にいても、子どもが手にしたペンで、前衛的なペイントを服にほどこされることがあります。おいしくないと吐き出したご飯が服にかかることがあります。泣いて鼻水だらだらの顔を、うずめられることがあります。

ちなみに洋服を選ぶときに大事なことはおしゃれかどうかとか、自分に似合うかとか、そういうことではありません。いかに簡単に洗えてすぐに乾きシワにならないかです。もしくはすぐにいたんでも気にならないほどの価格かどうかということです。

こういうことを考えると、なんかもう、新しい服を買おうという気がなかなか起きません。

 

髪の毛

子どもの髪の毛じゃないですよ。自分の毛です。

髪を切りに行く時間がありません。切りに行くとなれば2時間はかかります。その時間、妻に子どもたちを見てもらうわけですが、妻の負担を考えると気が気ではありません。あ、これ、自分いい夫でしょっていう婉曲的な表現じゃなく、髪切りから帰って妻がぐったり不機嫌になってたりするとしんどいからという、ただただ自分本位の理由です。

髪を切ったとします。自分はいったいなぜ切ったんだろうという気になります。というのも、他人の目がもはやまったく気にならないからです。切ったからといって、たとえば職場のだれかに「あ、髪切りました?」と言われるわけでもありません。意中の子が気がついてくれるかな、とドキドキすることもありません。毎朝、髪をばっちりセットする時間なんてもちろんありません。

ただ、伸びた髪がうざいな、洗ったあとに乾くのに時間がかかるようになったな、それだけの理由で切っています。髪の毛を切る時間があるのなら、ふつうに自分の時間がほしい。もしくは寝ていたい。・・・ボウズにするのもありだな。

 

う○ち

子どものう○ちじゃないですよ。自分のうん○です。

朝、快便をする時間がなくなります。朝は戦争です。保育園につれて行く時間が差し迫っているのに「保育園行きたくなーい」と息子がソファにつっぷしています。もしくは「パパがバイキンマンねー」とか言って「トオ! テリャ!」とかやっています。最近は「出てこいおれの友だち、メラメライオン!」とかもやります。あ、分かるひとだけついてきてくれればいいです。

ぼくにとっていま、職場のトイレが一番落ち着く場所です。

 

なんとなく見ていたテレビ

一日のうちで、本当に自分が自由になる時間て1時間もあればいいほうです。そんな貴重な1時間、なんとなく無目的にテレビを見るなんてあり得ません。

興味のある番組を録画しておいて、あとで見るのは基本中の基本です。さらに録画したものの中から厳選します。というのも録画予約をした時点では興味があっても、いざ見ようとするとモチベーションがあがらないものも多いのです。あと、実際見始めてつまらなかったら、すぐにやめます。

さらにぼくがよくやるのは、録画した番組をとりあえず冒頭の15分くらいずつ見るというやつです。とりあえずざっと一通り番組をかじるんですね。面白くとも途中でやめます。

1時間で4番組見れます。このやりかただと、見ているときは面白かったと思っても、あらためて別の日に続きを見ようとまでは思わないものがいくつか出てきます。時間の節約になります。はっきり言ってここまでくると、ほとんどの番組は淘汰されます。あれ、もしかしてテレビいらないんじゃない?て気にさえなります。

 

他人の遅刻。

これ、遅刻だけじゃないんですけどね、他人の言動に対して寛容になります。

特に遅刻なんかは、毎朝の我が家のドタバタぶりを振り返ると、たとえ相手に子どもがいなくても、するよねー遅刻しちゃうよねー、とゆるす心が芽生えます。昔なら、甘えてるんじゃないよ、社会ちゅうのはもっと厳しいもなんだよ! と目くじら立てていたことに、いちいちいら立たなくなります。

思うようにならないことってたくさんあるよねー、

やる気が出ないことあるよねー、

元気で今日という日が迎えられただけで、オールハッピーだよねー

つまりはそういうことです。

生きたくもない保育園になんとか行こうとがんばる子どもの姿や、帰って手を洗わせるだけで10分、20分とかかる苦労、出先で突然おもらしをするままならさ、そういうものを目の当たりにしていると、人間というのは、毎日を前向きに生きていくだけで、それはもうキセキって呼んでいいんじゃないの、って気になる。

 

さあ、いかがだったでしょうか。

こういう記事を書くと、これだから子どもはもちたくないとかいう反応が返ってくることがあるんですが、もちろん楽しいこともいっぱいあるんですよー。

ただ、子どもが生まれるとなったときにあまりに幸せなイメージをいだきすぎると、大変とは聞いていたけど、ここまでとは思わなかった!なんてことになるので、逆にここに書いたような現実があるんだな、というところからスタートしておくと、きっと毎日なんとかかんとか楽しく過ごせるんじゃないかなと思います。

なんというか、子どもがいると幸せハードルが下がって、たとえば子どもが早起きした、雨が降ってなかった、保育園までの道に黄色い花が咲いていた、そんなちょっとしたことで幸せを感じるようになりますよ、きっと!

 

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