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ほう太パパの七転び八起き

妻にナイショのブログじゃありません。

子どもへのその話し方、詰んでませんか?

なんかタイトルが育児書ぽくなっちゃったけど、自戒を込めて書きます。

 

子どもが言うことをきかないのは当たり前のことですが、そういうときに言いがちなことで、でもそんなこと口に出して言っちゃダメっていうか、言ったところで意味ないよねえって話。

そこにはこのゴールに向かわせたいという自分のエゴがあり、そのくせ子どもへの理解を示しているというか、押しつけじゃないんだよ感がにじみ出てるあたりが、たちが悪いよなあと自分でも思うわけです。

 

たとえば、4歳の息子はiPhoneで遊ぶのが好きなんですが、息子が使ってもいいアプリをある画面上にまとめてるんです。で、貸してあげるときに「この画面に見えてるアプリしか触っちゃダメだよ」と言うんですが、どうしてもスワイプして他の画面のアプリを動かしちゃうんですね。

そういうときにぼくは、

「ここに見えてるアプリしかやっちゃダメって言ってるでしょ! 約束を守れないなら貸さないよ!」

と言ってしまうんです。

 

もしかするとぼくのこういう対処は、

大人として当然のしつけでしょ。

約束は守らせなきゃダメでしょ。

約束を守れないなら相応のペナルティがあるべきでしょ。

と思う人もいるかもしれません。

 

ただですね、これってあらためて書くまでもないことなんですけど、息子はiPhoneでなんの制約もなく自由に遊びたいわけです。だから、見えてるアプリだけっていうのも納得できないし、ましてや貸してもらえないなんてたえられるはずもない。

「見えてるアプリだけで遊べる?」

と聞いてもイヤーーー!!!となるし、

「じゃあ貸さない」

と言ってもイヤーーーーーーーー!!!!!!!となる。

要するにこの話し方は、はなから詰んでるわけです。親にとっても子にとっても。

 

他にも同じようなことはいっぱいあります。たとえばお風呂。

「ご飯を食べる前にお風呂にする? それとも食べたあとにお風呂にする?」

うちの息子はお風呂嫌いなので、どちらの選択肢もイヤなわけです。

でも二者択一で聞いてるもんだから、息子にとってはストレス以外のなにものでもない。まあ、強いて言えばイヤなことは後回しにしたいので、ご飯のあとのお風呂を選択しますが、結局そのときになれば約束を反故にしょうとします。

こういうやりとりって、子どもの声に耳を傾けているようで、お風呂に入れたいあざとさがそこにはあるし、結局うまくいかず親にとってもストレスになるという不幸な事態です。元を正せば、スタート地点の子どもへの話し方が、そもそも詰んでいたんじゃないかな、と思うわけです。

 

似たようなことはまだまだありますよー。 

息子はママが大好きで基本的にぼくとなにかをするのはぜーんぶイヤなんですが、このことを逆手にとって息子を誘導する作戦をぼくら夫婦は使いがちです。

たとえば保育園に行くための準備であわただしいとき、息子が着替えたがらないことがあります。(ていうか、毎日だけど)

そいうとき妻が

「いまママと着替えないと、パパとすることになるからね!」

と言うわけです。(どーでもいいけど、なんだろう、ぼくの存在がペナルティみたいなこの感じ・・・)でも息子は、そもそも保育園に行きたくないわけで、それに抵抗する手段のひとつが「着替えない」なわけです。だからママと着替えるのもイヤだし、ましてやパパとだなんて断じて許すまじ!て感じです。これも詰んでるパターンですね。

 

このように、こういうことをさせたい(たとえばお風呂に入れたいとか、保育園につれて行きたいとか)というのが明確にあって、子どもに選択肢をあたえつつもそこにうまく誘導しようとしてるんですが、全部裏目に出る。

もしかすると、かなり小さいころはそれでうまくいくのかもしれないけど、少なくとも4歳の息子には通じなくなってきている。こういう大人の戦略を思いのほか子どもは敏感にかぎとるし、だからこそ余計にストレスになりかねない。親と子、双方にとって。

 

ぼくたち大人だって、たとえば仕事において「この仕事を急ぎで片付けてもらいたいけど、残業してもいいし、家に持ち帰ってもどちらでもいいよ」なんて理解ある感じで言われても、全然うれしくないですよね。たぶんそういうことなんじゃないかなと思います。

 

じゃあどうすりゃいいのって考えると、これはとても難しいことだし、なんか当たり前のことしか言えないんだけど、子どもの言い分にしっかり耳を傾けることなのかなと思います。そして約束事(ルール)はお互いが納得してから初めて実行に移す、ということではないでしょうか。

iPhoneの例で言えば、どうしても触りたいアプリがあるのなら、一度立ち上げて見せて「ほらね、これはゲームじゃないんだよ」とひとつひとつ説明してあげるとか、お風呂や保育園のことでいえば、それをやりたくない理由をしっかりと聞き出してあげるとか。

まあ、これは理想論でもあって、実際には難しいことはぼくもよく分かっています。朝のあわただしときには、子どもの保育園に行きたくない理由をゆっくり聞いてるヒマなんかないですからね、正直・・・。ただ、だからといって、上に書いたような接し方ではなんら改善しないよね、って話なんです。

 

子どもって大人のあざとさに思っている以上に敏感なのかもしれません。思い返せば自分が子どものころも、母親がうまく自分を誘導しようとしているな、とか感じ取っていた気がします。

夫婦間でもよく言われますけど、これも言ってみればコントロール欲求ですよね。子どもだろうが大人だろうが、だれかの思いのままに行動させられるのは不快だろうなと思うわけです。

 

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