ほう太パパの七転び八起き

妻にナイショのブログじゃありません。

もしも我が家に桃が流れて来たのなら。

ある日、夫がいつものように朝食の準備をしようと台所に立つと、蛇口から水が出てこないことに気がつきました。

「おや、おかしいな」

寝ぼけまなこではありましたが夫は落ち着いて冷蔵庫の張り紙に目をやりました。そこには「○○団地、断水のお知らせ」とありました。

「ああ、そうだった」

夫はひとりごちると、冷蔵庫からにんじんと大根を取り出して玄関へと向かいました。途中、寝室の扉が少し開いていたので、そっと中の様子を伺いました。そこには大の字になって眠っている妻がいました。昨日も夜中まで仕事をしていたのでしょう、まるで夫に気がつく様子もありません。妻の両隣には3歳になる息子と、もうすぐ1歳になる娘もいます。夫はかいがいしく妻と子どもたちに布団をかけると、野菜を持って外へと出て行きました。

 

からりと晴れ渡った青空に、少しひんやりとした空気がほおをなでていきます。たまには早朝に家を出てみるのもいいものだ、そう思いながら夫は家の近くを流れる小川まで歩いていきました。

 

小川にはタナカさんがいました。タナカさんは同じ団地に住んでいて、休日には近くの公園によく子どもをつれて遊びに来ていました。そうです、いわゆる夫のパパ友です。タナカさんは顔を洗うために小川までやって来たのでしょう、夫が挨拶をすると、タオルで顔をぬぐいながら言いました。

「断水というのは不便ですね」

「そうですね、朝ご飯を作るのも一苦労ですよ。山へしば刈りに行く前に、子どもたちを保育園に預けなきゃいけませんし。朝は時間に追われっぱなしです」

「朝ご飯ですか。奥様と家事をしっかり分担されてるのですね」

夫は、大の字になって寝ていた妻のことを思い出しましたが、笑顔でうなずくとその場にしゃがみ込ました。そして黙々と手にした野菜を洗い始めました。

「では失敬」

タナカさんはすっきりとした顔で自分のうちへと戻っていきました。

 

冷たく澄んだ小川の水で夫が野菜を洗っていると、上流から、どんぶらこ、どんぶらこと桃色の物体が流れて来ました。なんだろうと目をこらしてながめていると、それはまさしくどこからどうみても桃でした。ただしスイカよりもはるかに大きな桃です。それはやがて夫の元へと流れ着きました。

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「はて、これはどうしたものか」

夫は混乱してあたりを見渡しましたがだれも近くにはいません。タナカさんがまだ近くにいるかもしれないと立ち上がろうとして、ふと、妻の好物が桃だったことを思い出しました。ぷりぷりとふくらんだとてもおいしそうな桃です。きっと妻も喜ぶにちがいありません。

夫は野菜をその場にほっぽらかして、大きな桃をうんしょとかかえるとそれを自宅へと持ち帰りました。

 

小川から戻っても、まだ妻は眠っていました。無理矢理起こすと機嫌の悪い妻ですが、これほどに見事な桃を持ち帰ったのです、夫は意気揚々と妻を起こしました。

「ねえ起きてよ。すごいものを拾ってきたんだ」

「腹減った」

体を起こすなり妻はそう言って、不機嫌そうに前髪をかきあげました。

「ご飯どころじゃないんだ。とにかくダイニングテーブルを見てごらん」

妻は、貞子よろしく四つん這いでのそのそと布団を抜け出ましたが、やがてダイニングテーブルを目にすると勢いよく立ち上がりました。

「もーも、もーも、もっもー」

「すごいでしょう? 団地の横の小川に流れて来たんだ」

「食おう!」

「いや、ちょっと待ってよ。まずは記念に写真を撮ろう」

「写真なんて不毛よ。お腹の足しにならないじゃない」

 夫婦でもめていると、3歳のお兄ちゃんが起きてきました。そしてすぐに大きな桃に気がつきました。

「もーも、もっもー、ももーん!」

 いつもは目覚めの悪い妻とお兄ちゃんが、盆と正月とクリスマスがいっぺんにやって来たかのように、ふたりそろって踊り始めました。

「分かったよ、とりあえず食べようか」

 そう言って夫が台所から包丁を持ってくると、くぐもった赤んぼうの泣き声が聞こえてきました。夫は寝室のほうに目をやりながら言いました。

「いまのは、妹ちゃんの泣き声じゃないよね?」

「ちがうわ、寝室からじゃない」

「じゃあ、いまのはいったい……」

「桃の中から聞こえたよー」

 お兄ちゃんが無邪気に言いました。

「あなた、早く切りなさいよ」

「切りなさいって、桃の中から赤んぼうの声が聞こえたんだよ、そんな乱暴に包丁を使えるわけないじゃないか」

「つべこべうるさいわね、いいわよ、私がやる」

 そう言うと妻は、がぶりと桃にかみつきました。桃の表面に、まあるく歯形のついた穴がぽっかりとうがたれました。夫婦で代わる代わるその穴をのぞくと、たしかにそこには赤んぼうが入っていました。

「なによ、この桃。見た目が大きいだけで、中は空洞じゃない」

「いや、突っ込むとこ間違ってるから。赤んぼうだよ、中に赤んぼうがいるよ!」

「そうね」

「……なんなんだよこれ」

 夫は気が動転しましたが、空腹でいらついている妻は、かぶりついて開けた穴に両手を突っ込んで、パカンと半分に引き裂きました。

「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ!」

「も、桃から……赤んぼうが!」

 夫は腰がくだけそうになりました。

「この子のお尻、なんだか本物の桃みたい」

 極度の空腹のため見境のなくなった妻が、赤んぼうのお尻を食べようとしたので、夫はあわてて止めました。

「とにかく、君は電気ジャーのご飯を食べてくるんだ。断水でもご飯は炊けてるから」

「分かった」

 

 夫は桃から赤んぼうを抱き上げ、ゆらゆらとんとんしてみましたが、いっこうに泣き止むことはありませんでした。やがて、電気ジャーのご飯を夫の分まで平らげた妻が戻ってくると「ちょっと貸しなさいよ」と言って授乳をしました。すると赤んぼうはすぐに泣き止みました。夫は、いささかの理不尽さを覚えましたが、赤んぼうが泣き止んでほっとしました。

「この子、いったいどうしたらいいんだ」

「育てるしかないでしょう」

「育てる? また後先考えずにそんなことを」

「ふたり育てるのも3人そだてるのも変わらないわよ。ライフプランでも、ゆくゆくは3人目をって言ってたじゃない。ちょっと早まっただけよ」

 思わず夫は納得しかけてしまいましたが、あわてて首を振りました。

「いやいや、実際、この子の面倒をだれが見るんだよ。君だってこの4月から仕事に復帰したばかりじゃないか」

「当たり前よ、私は見れないわよ」

「じゃあどうすりゃ」

「だーかーらー、あなたが育休をとればいいじゃない。だってあなたが拾ってきた桃でしょう?」

 夫は返す言葉がありませんでした。

 

 桃が流れ着いたその日のうちに、夫は職場に育休の申請を行いました。夫は町役場に勤めており、近くの山のしば刈りをしているのです。父親の育児参加に寛容な職場ではありましたが、出産はおろか妊娠の話さえも聞いていなかった上司は驚き、ねちねちと言いました。

「だいたい君ね、育休というのは少なくとも3ヶ月前には申請してもらわないと。こちらも準備があるんだよ。それをだね、いきなり明日からなんてね」

「申し訳ありません」

夫は謝るしかありませんでした。その後も同僚から、第2子が生まれたばかりなのにと逆算されて「ほんとに奥さんとの子どもだよね?」とニヤニヤとされましたが、ここでもまた頭を下げて仕事を引き継いでもらいました。よもや「今朝、桃を拾いまして」と言っても納得してもらえるはずがないのです。夫はただ、低姿勢で粛々と事務手続きを進めました。

 

それから夫の育休生活が始まりました。そうそう、桃から生まれた子どもの名前は、第3子ということで桃三郎と名づけられました。幸い、桃三郎はすぐに粉ミルクを飲んでくれるようになりました。いざ、名前をつけてみると、たとえ桃から生まれた赤子であっても、とても愛おしく感じました。

「パパでちゅよ〜」

そう言って夫は、ほ乳瓶を桃三郎の口にあてました。じっと見つめられていると、これは間違いなく自分の子どもだ、そういう気がしてきました。

 

妻もまた、桃三郎を我が子のように愛しました。ただ、桃三郎からはほんのりと桃の香りがして、そのたびに妻の口が半開きになりました。そのことを注意すると、妻はヒステリックに叫びました。自分が出産していなくても、産後クライシスに陥るのだと、夫は新しい発見をしました。

 

これから1年後、桃三郎は第3子にも関わらず保育園への入所を断られ待機児童となってしまいますが、それはまた別の話。

 ※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません

 

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