ほう太パパの七転び八起き

妻にナイショのブログじゃありません。

子どもが病気になって仕事を休むときは謝らないほうがいい。

はじめに

 

googleなどで検索した結果、このページをご覧いただいているかたが多いようです。

大変ありがたいことですが、人によっては不快な内容が含まれている可能性があり、私もいま読み返すと書き直すべきだなと思うところが多々ありますが、当時の素直な気持ちを残しておきたいと考え、あえてそのままに公開いたします。

 

また、ここに書いていることは、育児以外にも例えば介護などにおいても通じるところはあるのではないかと思います。

無責任な行動は控えるべきですが、だれもが気軽に休暇を申請できるような社会になればいいなと思っています。

 

        ほう太パパ

 

うちの3歳の息子はいまでこそずいぶんと体が強くなったけど、ちょっと前までそれはもう数え切れないほど体調を崩していた。以前にこのブログでも書いたけど、入院した回数も年の数以上だ。

 

体調を崩せば保育園には通えなくなり、とにもかくにも小児科に連れて行く必要がある。

そしてこれは、おそらくどこの小児科でも大体同じだと思うけど、待ち時間が1時間以上なんてざらだし、症状によっては点滴を打つことにもなって、そうなると半日は小児科で拘束されることになる。

 

小児科の診察が終わっても子どもを保育園に預けられるわけじゃないので、仕事を休んで家で看病する必要があるけど、それが難しい場合には、病児保育(デイケア)を利用するという選択肢がある。

 

病児保育を知らないひとのために簡単に説明すると、病児保育とは小児科と保育園とが合体したところと思ってもらったらいい。それだけ聞くとすばらしい施設に思えるんだけど、数がひじょうに少ないという問題点があるし、一度に預かることのできる人数が10名にも満たない施設も多い。さらに経済的にも、何度も利用することが難しいという問題もある(1回2000円程度。子どもがふたりいて両方とも体調を崩していたら1日で4000円が飛んでくよ〜)。

 

あと忘れちゃいけないのが、病児保育を利用したとしても、仕事の遅刻・早退は免れないということ。朝一で病児保育に連れて行ってもポンと預けることはできず、まずは先生の診察を受けなくちゃいけない。お迎えも、我が家が利用しているところで17:30までに行く必要があって、この時間に間に合うためには仕事を早退せざるを得ない。

 

要するに、子どもがいったん体調を崩せば、仕事を休む、遅刻させてもらう、早退させてもらう、ということはどうしても必要になる。

そんなときに気が重くなるのはなんといっても仕事を休ませてもらうことを職場に告げることだ。

子どもはたいてい突然体調を崩すわけで、当日の朝に急きょお休みを申請することになる。それだけでもハードルが高いのに、子どもの体調が1日でよくなるなんてことはほとんどなくて、数日間はお休みをもらうことになるのもつらいところだ。

子どもがふたり以上いる場合は、ひとりが治ったと思っても、かなりの高確率でもうひとりの子が体調をくずす。もちろん、自分たち(親)が体調を崩すこともよくあるけど、まあ、そこはなんとか根性で乗り切るしかない。

 

幸いにもぼくは同僚や仕事内容に恵まれていて、これ以上によい環境などそうそうないだろうと思うくらいだけど、それでも仕事を休ませてくださいと切り出すのには神経を使う。おそらく小さい子を持つ親であれば、だれしも同じような経験をしているだろう。

 

で、ようやく本題なんだけど、子どもが病気になって仕事を休むときは、同僚に対して極力謝らないほうがいい、というのがぼくの持論だ。

もちろん職場のみんなに迷惑をかけているのは百も承知だ。ぼくだって当然申し訳ないと思っているし、かつてはよく謝っていたんだけど、そんなときにふと、謝ることの弊害に気づいたっていうか、本当にこれでいいの?と疑問をいだいたのだ。

 

どういうことかというと、謝るからには、そこにはなにかしら自分に非があることを前提としていると思う。それは、急に仕事を休んで職場のみなさんの負担を増やしてしまって申し訳ないということであり、そして仕事を休まなくちゃいけないのは、子どもが体調を崩してるからなわけで、じゃあ、「子どもが体調を崩す=非なのか?」という話になる。

だけど、大多数の親は子どもが体調を崩さないように、手洗いうがいを徹底させたり、バランスのよい食事をとらせたりと、最善の注意を払っているだろう。しかしそれでも子どもというのはなにかの拍子にすぐに体調を崩すものなのだ。特に保育園や幼稚園で集団生活をしていれば、あらゆるウイルスや病原菌にさらされているわけで、そういったものへの免疫を十分に持ち合わせない子どもが体調を崩してしまうのは、これはもう仕方のないことだし、成長の上で必要なことでもある。これをすべて親のせいにするというのは、あまりにも酷な話だろう。 

 

だから、本来だれが悪いわけでもない事態なのに謝罪をしているわけで、自分のなかで納得のいかないまま、表向き上謝罪をしているとも言える。当然この行為は親にとってストレス以外のなにものでもない。

 

では謝られるほうはどうか。

これは想像になってしまう(ぼくは謝る側なので)んだけど、職場の同僚だって謝ってもらいたいわけじゃないだろうとぼくは思う。おそらく子どもが体調を崩すのは仕方がない、という一定の理解もしてくれているはずだ。それでもなお、子どもを持つ同僚が突然休みを取って、それによって自分の仕事の負担が増えるためにストレスを感じてしまうのだろう。これもまた仕方のないことだと思う。

このストレスが、ぼくたち親が謝罪をすることで解消されるのかと言えば、まあ、少しは効果があるのかもしれないけど、根本的な解決じゃないよね。だって謝罪したって同僚の仕事が減るわけじゃないんだから。せいぜいほんの気休め程度にすぎないだろう。

 

謝るほうもストレス、謝られるほうのストレスも解消されていない、だからぼくは謝らないほうがいいと思うわけだけど、そんな単純な話で片付かないのも事実だ。

 

じゃあ、ぼくたち親はどうすればいいか。

それはいつの日か訪れるであろう同僚が助けを必要としているときに、率先して手を差し伸べるという恩を恩で返すことでしかないとぼくは思っている。そしてこれをスムーズに行うためにも、ぼくらが休みをもらったときに謝罪をしないことが重要になってくるんじゃないかと思うのだ。

 

助けを求めるたびに謝罪をしていると、助けを求めることは本来望ましくないことだ、という風土を助長しているような気がしている。だれもがいつかは助けを必要とする自体に直面しうるのだから、助けを求めやすい環境なり人間関係を築いておくことが本来重要なのに、謝罪という行為は逆効果になりかねないと、そう思うのだ。

 

肩身が狭い、という表現がある。

 

子育て中の親は大なり小なり肩身が狭い思いをしているのではないだろうか。

しかし、肩身などというのは、自分自身が作り出した目に見えない壁だと言える。肩身が狭いためについつい謝ってしまうんだけど、実のところ謝ることによってどんどんそれは狭くなっているとぼくは思う。

肩身が狭い思いをして謝りそうになったときは、ぜひ感謝の言葉を口にしてみてほしい。そうすることで少なくともぼくはストレスを回避できているし、もし自分ではないほかのだれかが困ったときには助けますよというメッセージにもなっていると思う。

 

謝ってばかりいると、本当は感謝をしているのに、感謝の言葉を口にするきっかけを失うこともある。だからぼくは謝らないよう心がけることが大事だと思っている。仕事を休ませてもらって自分がどれだけ助かっているかということを、できるだけ具体的に、そして素直に表現すればよいのだ。そうすればギスギスした雰囲気に陥らずに、感謝の言葉が行き交うような人間関係を築けるんじゃないかと、そしてそのことがなにより一番大切なんじゃないかと、あらためてそう感じている。

 

こちらの記事もあわせてどうぞ。

 

houta.hatenablog.com

  

twitterやってます。

※ブログ記事へのコメントは可能ですが表示はされません。