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ほう太パパの七転び八起き

妻にナイショのブログじゃありません。

明るくて優しいひとばかりの学校だと思っているのなら立ち止まったほうがいい。

雑談

3連休の初日。

子どもが小さいと休日のほうが平日よりも疲れるなんてことはよくある話で、それが3連休ともなればペース配分に要注意です。

さらに、もうすぐ年末年始の怒濤の9連休が待ち構えているわけで、うっかり敵前逃亡したくなっちゃいます。

 

3連休初日の今日は、かかりつけの小児科で切れかけた薬を処方してもらい、その後なんとなく近所のホールに足を運んだら、高校生が主体の文化祭のようなクリスマスコンサートみたいなのがあってたんですね。

ぼくは常日頃、息子(3歳)には舞台を見せてあげたいなあと思っています。

舞台の内容は、演劇や合唱、吹奏楽などなんでもいいんですが、3歳でも楽しめるものってかぎられますよね。

それが今日、たまたま足を運んだイベントが高校生主催のものだったので、これならそんなに堅苦しいものではないだろうと(万一、息子の集中力が切れたときも途中退場しやすいだろうと)参加することにしました。

 

イベントは和太鼓や吹奏楽など、高校生が普段の部活動でがんばってる姿を披露するというもので、どれも面白く拝見しました。若いってほんといいですねー。その一生懸命さがまぶしかったです。

 

と、思う一方で、ちょっと気になることがありました。

出し物の前に、各高校の代表がちょっとした学校紹介のスピーチをするんですが、そのなかで

「私たちの学校は明るくて優しいひとばかりです」

と言ったんです。

おそらく深く考えての発言ではないと思うんですけど、だからこそ、こういう発言には注意したほうがいいんじゃないかなと思ったんです。

 

この発言には主に2つの問題が含まれていると思います。

 

まず1つ目は、この発言が真であるなら「みんな」が同じ個性を持っているということです。

隣の席のあの子も、別のクラスのあの子も、みんな明るくて優しいんです。

ある意味、教育のたまものかもしれません。

学校内でもトラブルなど生じるはずがないし、先生も親御さんも苦労せずに済みそうです。

ですが私はそういう学校に魅力を感じません。

 

2つ目は、

「明るくて優しい」= 善

という考えです。

暗い生徒は悪でしょうか。明るくて優しいひとになるべく、努力をすべきなのでしょうか。

そんなことはないはずです。

暗い生徒は思慮深いと言えるかもしれません。

優しい生徒は、人目につきやすい優しさを持っているだけかもしれません。

明るくて優しい生徒がいるのはもちろんすばらしいことですが、暗くて、不器用で、人目につきにくい生徒がいたってぜんぜんかまわないのです。どちらが優れているわけでもありません。

 

というようなことを、3歳の息子をひざに乗せながら、ぼんやりと考えてしまいました。考えすぎっすね、まったく。

 

余談ですが、吹奏楽の演奏がちょうど終わるころに、後ろの席で携帯の着信音がなりました。しかもすぐに止めずに(止め方が分からなかった?)演奏が終わった瞬間の静寂にも鳴り響き渡るというね。

高校生のイベントだから許される、なんてことはもちろんないですよ。

N響だろうが、高校生の吹奏楽だろうが、あるまじきマナーです。

しかも驚くべきことにその女性は、着信音を止めたあと、こうつぶやいたんです。

「なんでいま、かけてくんのよ!」

 

もう、ほんと、なんかいろいろ考えさせられるイベントでした。

でも発表自体はどれもステキなものでしたよ。

3歳の息子も楽しんでくれたようでした。

 

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