ほう太パパの七転び八起き

妻にナイショのブログじゃありません。

「保育園で過ごす時間が長い子どもほど問題行動を起こしがち」なんて言葉は気にしなくていい。

ネットで、のほほんと「はてなブックマーク」を見ていたら、キャッチーなタイトルの記事を見つけた。

保育園で過ごす時間が長い子どもほど問題行動を起こしがち:英大学調査(以下、この記事のことを掲載サイト名を取って「IRORIOの記事」と記す)

 

保育園に子どもを預けている親なら誰しも一度くらいは

(こんなに小さいころから保育園に預けてもいいものかしら)

と悩んだことがあると思う。

我が家も、息子を0歳(9ヶ月)から保育園に預け始めて3年ほどが経過したが、いまだに漠然とした不安に襲われることがある。それでも、

(いやいや、小さいころから預けることで社交性が培われるのだ)

と自分自身に言い聞かせたり、保育園に預けられていない子どもがちょっとでもわがままな素振りを見せれば

(やっぱり、保育園に通ってないと甘えんぼに育つのよね)

と言い訳がましいことを考えたりするのである。

そんなぼくらの希望の光りが、科学的に、しかも世界的にその名が通ったオックスフォード大学の研究チームによって、打ち砕かれたというではないか! IRORIOの記事を目にして落胆したパパやママは決して少なくないと思う。

 

荒れるコメント欄

すでにぼくが当該記事を目にしたときにすでにそうなっていたのだが、コメント欄が荒れていた。世の中のお母さんを敵に回したとか、子どもを保育園に預ける親の気持ちが分かってないとか、ひいては掲載しているウェブサイトの質までもが疑われていた。

そんなコメントの中に、驚くべき言葉を見つけたのだ。

ーー 原文とはまったく反対のことが書かれている ーー

これはそのほかの、保育園に預けていることを否定されて感情的になったコメントとは一線を画していた。

ということで、これはもう原文にあたるしかないと思い至ったわけである。

で、原文ってどれよ?

原文をあたろうにも、IRORIOの記事には論文のタイトルや年数が書かれていなかった。論文紹介をするからには、原典を明らかにするのは最低限のマナーだと思うのだが、仕方がないので自分で探すことにした。幸い著者のひとりと雑誌名は分かっている。

ちなみにIRORIOの記事のコメント欄でこちらの海外サイトが原文ではないかというコメントがあった。たしかにそれっぽいが、元となっている論文そのものではないのだ。論文を一般読者にも分かりやすく紹介しているサイトというほうが適切だろう。

ぼくが求めているのは論文そのものだ。というのも、幸いにもぼくは心理学の博士号を取得しており、専門分野は異なるのだけれど、最低限の内容は理解できるだろうという自負があったからだ。そして研究者としても論文を読んでから議論をするのが礼儀だと恩師にしつけられてきたからだ。

そうしてようやく見つけたのが次の論文だ。雑誌名、オックスフォードの研究チーム、そしてサンプル数(991)が一致していることから、ほぼこの論文と考えて間違いないだろう。

Stein, A., Malmberg, L. E., Leach, P.,  Barnes, J., Sylva, K., & the FCCC Team (2012) The influence of different forms of early childcare on chidren's emotional and behavioral development at school entry. Child: Care, Health and Development, 39, 676-687.

論文のタイトル

まず、タイトルから見てみよう。原文を直訳すると次のような感じだ。

「小さいころの様々な子育ての形態(家でママが育てるとか、保育園に預けるとか、そういうことだ)が、入学時の子どもたちの感情面や行動面での発達に及ぼす影響」

「○○が○○に及ぼす影響」というのは、論文のタイトルでよくある形なのだが、このままだと一般読者には伝わりにくい(インパクトが小さい)かもしれない。それを差し引いても、原文のタイトルには保育園で過ごす時間が長い子どもほど問題を起こしやすい、なんてことはまったく書かれていない。論文においてタイトルというのはもっとも重要なものであり、論文著者が一番伝えたいことをつけるということを考えると、IRORIOの記事とのずれを感じずにはいられない。

一方で興味深いのは、論文の内容を紹介している海外サイトのタイトルだ。

Does daycare turn children into monsters? Kids who have childminders are 'more likely to have behavioural problems'

訳すと、

「デイケア(保育園と考えてよいと思われる)は子ども達をモンスターにしてしまうのか? 保育士に預けられた子どもは問題行動を起こしがちになる」

このタイトルは、IRORIOの記事タイトルに非常に似ている。もしかしたら訳者は論文そのものではなく、海外の紹介サイトを訳したのかな?(それって常識?)

つまるところ、IRORIOの記事はうそなの?

そろそろ核心部分に触れていくが、ではIRORIOの記事(もしくは海外の紹介サイト)はうそを掲載しているのか? 

原典の論文を読んでみて(完全に理解できたとは言い難いが、大筋は理解しているつもりだ)分かったことは、これらの記事の内容はうそではない。

 

しかしである!

 

ここが非常に重要なのだが、それは論文著者が伝えたかったことではない。

 

どこからそう言えるか。まずはアブストラクトと呼ばれる要約部分を見てみよう。

研究結果の一番目に次のように書かれている。

The strongest and most consistent influences on behaviour and emotional problems were derived from the home, including lower socio-demographic status, poorer maternal caregiving, parental stress/maternal mental health problems, as well as child gender (being a boy). 

英語論文、特にアブストにおいて結果の一番目に書かれた文が一番重要な結果である。つまり、この文がもっとも重要な内容と言っていい。ではさっそく訳してみよう。

 

「子どもたちの行動面および感情面の問題に非常に大きく、また一貫して影響を与えていたのは、家庭内の要因である。すなわち、両親の仲のよさ、両親の学歴、両親の収入(socio-demographic statusの意味はこういうことだと思う)が低いとき、また母親の育児能力が乏しいとき、そして親がストレスを抱えていたり、母親の精神的健康が損なわれているときに、子どもの問題は起きやすくなる。さらに言うと、性別差もあって、男の子のほうが問題を起こしやすい」

 

なるほどなるほど、と思いつつ、保育園に預けることの云々という話が出てこないことに気がつく。

アブストは次の文へと続いていく。

Non-parental childcare had small effects on child outcome.

 

「親以外の人による育児は、結果(問題行動と言っていいだろう)に小さな影響を与えた」

 

ようやくここで、翻訳記事と関連することが出てくる。しかし太字にしたが「小さな」影響であることに留意されたい。さらに次の文。

One finding that did emerge was that children who spent more time in group care, mainly nursery care, were more likely to have behavioural problems, particularly hyperactivity.

 

「明らかになったことは、グループケア(特に保育園)で長い期間育てられた子どもたちは、行動面で問題を起こしがちだ。特に異常なほど活発的な行動を見せる」

 

IRORIOの記事はこの結果(だけ)に焦点を当てたものだ。この結果を耳目を集めるようにセンセーショナルに取り上げて紹介したと言っていいだろう。

しかし、すでに述べたように、英語論文において結果は重要なものから記載されるのが一般的であること、また「親以外の人による育児は、結果に小さな影響を与えた」の一文は決して見逃してはいけないものだ。

小さい影響とはどの程度?

というのは気になるところだろう。これはアブストからだけでは分からず、論文を細かく読む必要がある。また様々な分析がなされているため、すべてをとりあげることは難しいのだが、ある分析では次のような数値が書かれていた。

家庭内の要因=45.3%

育児の種類(つまり家で母親が育てるか、保育園で育てるかなど)の要因=1.2%(12%ではないよ、念のため)

このパーセントは問題行動の原因をどの程度説明できるかという数値なのだが、どこで子育てするかということが相対的に小さな影響しか及ぼしていないことがお分かりいただけるのではないだろうか。

論文著者が言いたかったこと

要するにこの論文はなにが言いたかったのか。それは、

「保育園で育てられた子どもに問題行動を起こしやすいという傾向はたしかに見られたけれども、その影響は小さく、むしろ家庭内の要因(家庭内で質のよい子育てをすること、母親がストレスをかかえていないことなど)が重要である。だから、家庭内の要因が改善されるようなサポートをしていきましょう」

ということだ。(しかし一方で、親以外の人による子育ての質を改良することで、子どもの問題行動が改善されるかどうかを検討する必要があるとも述べている)

 ということで

ここまで読んでいただいたかたには、大元の論文と、IRORIOの記事とがほぼ真逆の印象を与えていることがお分かりいただけると思う。IRORIOの記事は、荒唐無稽なものではないけれども、大元の論文の結論を適切に伝えているとは言い難いだろう。

こういうことが起こるというのは非常に不幸なことだし、そして同じ研究者として、論文著者が気の毒でもある。

どうすれば今後このようなことを防ぐことができるのか、それは難しい問題だけれど、まずは翻訳記事において原典を明確にすること、そして読者である私たち自身も、翻訳を鵜呑みにせず、可能な限り原典にあたるという、そういう姿勢が重要だろう。といいつつも、英語論文を読むなどというのは、だれにでもできることではないのだから、それはやはり学位を取得したものの使命として肝に銘じておくことが大切だと思われる。

本記事が、悩みを抱えつつも小さいころから子どもを保育園に預けているパパやママの不安やストレスを少しでも解消できれば幸いである。

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