ほう太パパの七転び八起き

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5つの心がけでがらりと変わる、子育てでイライラしない方法

ぼくは知人からよく、子育てについて「○○さんは、怒らなさそう」とか「イライラしたりしないんですか」などと聞かれます。どうも普段の(職場での)ぼくの言動が温厚なせいでそう思われるようですが、とんでもない、もちろんぼくだってイライラします。

なるべく怒らないようにと心がけてはいますが、つい先日も、息子が団地の庭に置いてあった友だちの三輪車を勝手に乗り回して、注意してもいっこうにやめようとしなかったので「いい加減にしなさい」と腕を強く引っ張ってしまいました。

ただ、イライラしないための秘訣というか、工夫というか、こんなふうに考えると少しは気持ちにゆとりが出てくるかもよ、というのはあるので、今日はそれをご紹介したいと思います。

1.「○○したらダメよ」は子どもの可能性をそいでいる。

イライラすると「もう、ダメだって言ってるでしょ、なんど言ったら分かるの!」なんて言いがちです。もちろん、ほかのお友達を傷つけたり、ひとのおもちゃを勝手に取ってきたりすれば注意すべきですが、例えばティッシュを箱から全部引っぱり出したり、壁に落書きをしたりなんてことは、頭ごなしに否定すべきことではありません。

もちろん、親としてはイラっときちゃうことは分かります。だけど子どもたちは、ぼくたち親をイライラさせようとしていたずらをしているわけではなく、楽しくて仕方がないから、ただそれだけの理由でやっていることです。「○○したらダメ」と言い続けると、子どもたちはなにか面白そうなことを見つけても、また怒られるかもと自分の行動を制約するかもしれません。それは一見、いい子になったように見えますが、はたしてそれは本当にあなたが望んでいた子どもの成長でしょうか。

ぼくは子どもに、いつまでも知的好奇心や自由な発想を持っていてもらいたいと考えています。

2.心のどこかで、子どもは自分たち大人よりも劣った存在だと思っていませんか。

イライラの片隅に「これだから子どもは」みたいな感情があったりしませんか? 上から目線でいると、余計に子どもにイライラしてしまいがちだと思います。しかし本当に子どもたちはぼくたち大人よりも劣っているのでしょうか。

例えば言動が奇抜な大人がいたとして、でもその人が著名なアーティストだったりすると、急にその奇抜さが個性として際立ってくると思います。それならば子どもの言動が、ぼくらの常識にあてはまらなかったとしても、ありのままに個性として受け入れるべきではないでしょうか。

子どもたちは、ぼくたち大人であれば簡単にできることが、なかなかできなかったりします。しかしぼくたち大人だって、子どもであれば苦もなくできることができなかったりしますよ。あなたは道ばたの草花に10分も20分も目を輝かせていられますか?

ぼくたち大人は、自分がとうていできない偉業を軽々とやってのける子どもに向かって、厚かましくも「いい加減にしなさい」などと口をはさんでいるのです。

3.自分が子どもだったころを思い出して。

自分が子どものころに親から言われて嫌な思いをしたことを、そっくりそのまま自分の子どもに言っていませんか? あのころのあなたはどこに行ってしまったのでしょう? いつの時代も子どもはのびのびと自由に生きているのに、それを押さえつけているのが皮肉なことに子どもの幸せを一番願っているはずの親だったりするのです。

自分がされてイヤなことは、他人にもしない。基本的なことです。

子どものころのことをなかなか思い出せないのであれば、押し入れからアルバムを引っ張り出してみましょう。なにかのきっかけがそこには眠っているかもしれません。

 4.子育てとは異文化交流である。

子どもたちとぼくら大人とでは、身体にしみ込んでいる文化がちがうのです。この世には「子ども王国」というものがあり、その国では自分が楽しいこと、興味があることにとことん時間を費やす文化があるのです。それだけではありません、そもそも「時間」という概念がないのです。関心を持ったその瞬間から飽きるまで、すさまじい集中力で体を動かし続けることができるのです。

また草花や虫と会話をすることもでき、ひたすらそれらの声に耳を傾けます。アリの巣穴を見つけたら、そこに指を突っ込んであいさつするのが子ども王国の礼儀なのです。

そんなことも知らず、ぼくら大人は自分たちの文化とちがうからと言って、怒鳴ったり腕をひっぱったりなど、なんて失礼なことをしているのでしょう。例えばイスラム教徒が豚肉を食べないからといって、ぼくたちは腹を立てたり無理強いしたりしないでしょう? 互いの国の文化を重んじることが重要です。

5.対等な人間として付き合う。

異文化交流と似た話ですが、大人対子どもであろうと、一対一の人間同士の付き合いであることにちがいはないのです。ぼくたちは、互いの存在を認め合い、考え方がちがってもそれを個性とみなし、自分の思い通りに相手を動かそうとすべきではないのです。

分かり合えないところは、互いに納得いくまで話し合う。子どもは十分に話せないって? それならば話せるようになるまで、そして自分の気持ちをきちんと表現することができるようになるまで、ぼくら大人は待つべきなのです。せかしたり、ましてや語らないことをいいことに、自分の都合のよいほうに相手の主張をねじ曲げてはいけません。むしろ子どもの気持ちをくんであげられるようにぼくらは努力するべきなのです。

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いかがでしたでしょうか。ぼくが普段子どもと接するときに気をつけている5つの考え方をご紹介しました。それでももちろん、ストレスがたまることはありますよね。そういうときは子どもの大好きな歌を、大声で一緒に歌ってみましょう。きっと気分が晴れやかになりますよ。

 

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