ほう太パパの七転び八起き

妻にナイショのブログじゃありません。

おしとやかな女の子に育ってほしいと思うのは、差別的な考えでしょうか。

男らしさとか女らしさとか、もう、そういうことを言っちゃいけない時代なんでしょうか。

男女平等とか、男女共同参画とか、そういうことに異を唱えるつもりはないんです。ただ、ぼくはやっぱり男らしさ、女らしさというのが好きなんです。

先日娘が生まれ、その娘におしとやかな女の子に育ってほしいと思う自分がいます。大和撫子とまでは言わなくても、居酒屋であぐらをかくような女の子には育ってほしくないと思っています。

女の子なんだからこういう仕事につけとか、実家から出るなとか、そういうのはまったくありません。

そう言えば息子が生まれたころ「男の子がそんなに泣くんじゃないぞ」と口にしたら、妻の賛同を得られなかったことがあります。なにか深い考えがあってぼくも発言したわけではなかったんですが、予期せぬ反応をもらって、妻とのあいだにギャップに驚いたことを覚えています。

やっぱり自分が生まれ育った環境から抜け出るのは容易なことではないんでしょう。ぼくの小さいころは男の子が人前で涙を見せるというのはかっこ悪いことだったし、女の子はおしとやかにしておくのが好ましいという風潮がありました。

そういう考え方が差別的なのかどうか、ぼくにはよく分かりません。もちろん生き方を強要したりするのはよくないと思うんですけど。伝統とか慣例との境目がよく分かりません。

上に居酒屋の例をあげましたが、晩酌はする必要はないと思っています。なんなんでしょうね、その境目って。ぼくのなかに美的なものみたいなのがあって、それにおさまってほしいと思ってるってことですかね。それはやっぱり差別なのかな。そうだとすると一抹の寂しさを覚えますが、そういうものなのでしょうか。

※ブログ記事へのコメントは可能ですが表示はされません。