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ほう太パパの七転び八起き

妻にナイショのブログじゃありません。

学級委員長になったことを喜ぶ母を見るのがいやだった。

育児

育児をしていると、自分が子どもだったころのことを思い出します。幼なじみと遊んだ風景、母からよく言われていたこととか。意識してないのに、気がついたら母と同じようなことを口にしていたり。

愛すべき母ではありますが、正直なところ、母がぼくに接していたようには息子に接したくないと思っていることもあり(もちろんすべてじゃないですよ)今日はそのお話のひとつです。

学級委員長を歴任したあのころ

自分で言うのもなんですが、ぼくは学級委員長を任されやすい子どもでした。ちなみに生徒会長なるものもやったことがあります。こういうことを書くだけで、ぼくがどういう子どもだったか、なんとなく想像してもらえるのではないでしょうか。

どんな手を使ってでも政治家になりたい大人はたくさんいますが、どんな手を使ってでも学級委員長になりたい子どもなんて、まあ、ちびまる子ちゃんの丸尾くんくらいのものでしょう。内申書とかには影響していたんでしょうけど、人気のない役職ですよね。

ぼく自身は学級委員長に選ばれてうれしいと思ったことはほとんどありません。(まったくなかったとは言いません)あの、学級委員長を決めなくちゃいけない、だけどだれも立候補しない独特の空気が苦手で、他薦で自分の名前があがったりして、ここでぼくが断ったらみんな迷惑なんだろうな、とかそんなことを思いながら学級委員長を引き受けていました。

学級委員長の責任

学級委員長をしたことのないかたのために、少し触れておきますと、あれはなかなかの精神的ストレスがあります。

例えば自習時間。こういうときにクラスが騒いでいるとほかのクラスの先生がやってきて、そこでいきなり委員長が怒られることはないんですが、クラス全体を注意してその去り際に「じゃあ委員長、あとは頼んだよ」なんて言われます。まるで、再度うるさくしたときの責任は委員長にあるぞと言わんばかりに。

あとは文化祭でのクラスの出し物とか。まず今年の出し物はなににするかを決めて、その準備に取りかかる必要がありますが、そもそも「なににする」というのがなかなか決まらない。そりゃあそうですよ、30人くらいの子どもがいるんですもの。合唱したい、劇をやりたい、絵画を展示したい。言いたい放題。ちゃっちゃと多数決を取るしかありませんが、絶妙なタイミングで多数決を取らないと、自分の希望するものに決まらなかったメンバーの協力が得られない。

あとは、平たく言うといい子でいることに疲れます。同じ悪いことでも学級委員長がやると目立ちます。例えばほんのささいなことですが、忘れ物とか。クラスの友だちに「委員長なのに」と笑われます。場合によっては先生にすら「委員長なのに」と言われます。かといって、いい子すぎると、それはそれで友だちと疎遠になります。

だから母に喜ばれると

学級委員長になったことを知った母は、まあ、母親としては当然のことなんでしょうけど、喜んでくれるわけです。そんな母を見て、

なんでお母さんは、息子がこんなはずれくじを引かされているのを見て喜んでいるんだろう、

とそんなふうにすら思っていました。でも、そんな母に

「うっせーよ、無理矢理押しつけられてんだよ!」

なんて言えるような子どもじゃなかったんです。苦笑いしてたのかなあ、あまりに昔のことでどういう顔をしていたのか、覚えていません。

学校でストレスをかかえ、そして家でも微妙なプレッシャーを感じ、板挟みでしたね。いま書いているような悩みを打ち明けられる友だちもいませんでした。だってその友だちもぼくが委員長になることに賛成していたりするんですから、相談しにくいじゃないですか。

母にどうしてほしかったのか

まだ息子は小さいので学級委員長を引き受けるようなことは当面先のことですが、ふと考えるわけです。息子が「学級委員長になったよ」と言ってきたときに、なんて言葉をかけるべきか。

自慢げに言ってくるのであれば「おめでとう、がんばれよ」でいいのかもしれません。

問題はそうじゃなかったときです。

で、あの当時、ぼくは母にどうしてもらいたかったのかな、と考えるわけです。

 

ひとつは話を聞いて欲しかったのかもしれません。

学級委員長=すごい

という短絡的な発想が、ぼくはとてもいやだった。賞賛されるべきでないことを賞賛されることは、なんだか自尊心を傷つけられます。

だから学級委員長に限らず、息子をほめるときには、それだけのことを息子が成し遂げたのかどうか、しっかりと吟味して声をかけてあげたいと思います。

学級委員長から解放されて

大学に進学すると同時に、ようやく学級委員長の呪縛が抜け出せました。開放感に満ちあふれていたことを思い出します。

これはぼく個人の話ですが、学級委員長を長く務めてリーダーシップが磨かれるようなことはほとんどなく、逆にリーダーシップを求められるような職業には就きたくないと思ってしまいます。二十歳そこらで、やる気を吸い取られたようになるというか、変に世間ずれしてしまってるんですね。がんばっても無駄だよとか、人のために尽くすことがバカらしくなってしまうんです。おそろしいシステムです、学級委員長というのは。

ぼくは、息子や娘から「お父さん、学級委員長になったよ」とセリフを聞くことがおそろしいです。母のように諸手を挙げて喜ぶことはないと思いますが、どういうふうに接してあげていいか、まだ思案中です。 

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