ほう太パパの七転び八起き

妻にナイショのブログじゃありません。

子どもの手を、ばっとつかむこと。

ぼくのやりがちなことに、息子がなにか悪さをしているときに、ばっと手をつかむことがあります。

2歳の前半くらいまでは、特に問題だとも思っていなかったんですが、2歳後半になって息子がぼくのその動作をすごく嫌うようになりました。

最初は眉をひそめるくらいだったのが、にらむような目つきで見てきたり、自分のほうに腕を引き寄せて、ぼくの手を振り払おうとしたり。ときには、びくっと縮こまることもありました。

「あなたに手をつかまれるのが、いやみたいよ」

妻に言われて、ぼくのその動作は、すごく一方的に息子の行為を制限するものだったんだなと気づかされました。

たしかに、車の前に飛び出そうとしているのであれば、とにもかくにも子どもを止めるべきですが、水たまりに入っていこうとしている子どもを必死に止めるのは、大人の都合でしょう。

その他にも台所に入っていこうとするとき(我が家には子どもが入れないようなゲートを設けているのですが、時々入ってしまいます)ばっと腕をつかんでいました。しかしそのときも、いきなり止めようとせずに、しっかり見守ってゆっくりとどめることもできたはずです。

あと、腕をつかむのと同時に「こら」とか、けっこう強めに言っていました。これも息子を萎縮させるひとつの原因になっていたように思います。

子どもにはのびのびと育ってもらいたいとか思いながら、こういうことをしてしまったりするんですね。意識して手をつかまえないようにしていたら、相変わらず悪さはしますが、息子との衝突を減らすことができるようになった気がします。

思い返せば

もっと息子が小さいころに、例えば家に帰ってきて手を洗わない、寝る前に歯を磨かないというようなときに、無理矢理抱きかかえて力づくでやっていました。その点妻は、息子の意思を尊重したりしていたので、当時のぼくは、なにを悠長なことをやっているんだろうとイライラしたりしたものです。

ぼくは時間通りに物事が進まないのがイヤなたちらしく、息子に対しても、ぼく自身のペースにあわせることを無理強いしていたように思います。ひいてはそれが、息子の手をばっと強くつかむような仕草につながっていたのでしょう。

しかし、それはしつけでもなんでもないですよね。

大人の世界でも

これって大人の世界でも似たようなことが言えると思うんです。さすがにばっと手をつかむようなことはしないけれど、たとえば職場で、経験の浅い社員が、おもしろさだけを追求したようなプロジェクトを提案してくる。しかし、ある程度経験を積んだ社員は、そのプロジェクトのリスクが瞬時にまざまざと頭に浮かんで「いや、君ね・・・」なんて否定的な言葉から入ってしまう。せっかくあたらしい可能性を開こうとしているのに、腕をつかんで、とりあえずその場に座らせるようなことをしてしまうんですね。

そういうのは、新入社員のことを思っているわけでも、会社のことを思っているわけでもない。自分に責任が及ばないように、自分の意に添うように他人を動かそうとしているのです。水たまりに入っていくと服が汚れて、それをきれいにするのが面倒だと思う親の心境に似ています。

よく言えば、自分と同じ轍を踏まないように社員を教育しているつもりなのかもしれないけど、それだって結局のところ、自分の失敗談を相手に押しつけようとしているだけだったりするんです。ありがた迷惑ってもんです。

自分が失敗したからといって、相手が失敗するとはかぎらない。相手の行動を監視して、軌道修正ばかりしていると、自分と同じタイプの人間がもうひとりできるだけで、なんだかそれっておもしろくないと思うんです。

少々の危険をおかしたっていいじゃない。そうやって成長するもんでしょう。失敗して余計な仕事が増えるかもしれないけど、それこそが、ぼくら親の役目なのではないでしょうか。しっかりそばで、口や手を出さずに、根気づよく見守っていてあげられる大人になりたいと、ぼくは思います。

 

 

 

※ブログ記事へのコメントは可能ですが表示はされません。