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ほう太パパの七転び八起き

妻にナイショのブログじゃありません。

3歳の子どもをゲームセンターに連れて行くときの心構え

新年あけましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

年末年始は基本的に家でのんびりしていた我が家ですが、さすがに毎日家にいるわけにもいかず、6歳の長男と3歳の長女をつれてイオンに行きました。

イオンにはいわゆるゲームセンターがあるのですが、長男はドラゴンクエストモンスターバトルスキャナーにどはまりしています。

www.dragonquest.jp

これは本題ではないので、おいときます。(余談ですが、面白いです。私のほうがはまりそう)

 

問題は3歳の娘のほうでして、とりあえず200円で乗れるアンパンマンの遊具に乗ったのですが

「つぎはアンパンマンのタイコであそぶ〜」

となりまして、でも長男のモンスターバトルスキャナーに付き合わなくてはならず(説明が不足していましたが、この日、私ひとりで子どもふたりを連れてきていたのです。そしてアンパンマンに乗ったらお兄ちゃんのところに行こうねと娘と約束をしていた)

 

「アンパンマンに乗ったらお兄ちゃんのところに行くって約束してたでしょ!」

 

「やだー! タイコするー!!」

 

の応酬が始まってしまいました。

いま思いかえせばタイコの一回くらいさせてやればよかったのですが、こちらも意地になってしまい、ダメダメを繰り返していたところ、別のお母さんがお子さんを連れてタイコをしにやってきました。

実はこのタイコゲーム、ふたりで同時プレイができるのです。

それで、別のお子さんが遊ぶのと一緒にプレイするという大変恐縮な事態に・・・。

そのお母さんは大変親切な方で「いいですよ、いいですよ」と言ってくださいました・・・。

 

その後ようやくタイコから離れた娘でしたが、モンスターバトルスキャナーの近くに置いてあったアンパンマンのポップコーンを食べたいとごねりだして、だけどもう、甘やかすものかと、長男のゲームが終わって抱きかかえてゲームセンターを出たところ、ひとりで走って戻ってしまう始末。

娘は、涙、鼻水ダラダラで、もうどうしようもなく、結局ポップコーンも買ってしまいました・・・。

 

こうしてなんのために遊びに行ったのか分からない展開になってしまいました。

本当は子どもたちに楽しい時間を過ごしてもらおうと思って連れて行っていたのに・・・。

 

もう少し事前に、何回遊ぶとか、きちんと約束しておくべきだったと反省しています。

そして私自身もゲームセンターでケチケチしがちで、子どもたちが遊ぶたびにストレスを感じたりもするので、事前にいくら使うかを決めておくのが私にとってもよいことかもしれないと認識を改めました。

 

それにしてもポップコーンを食べたいと泣き叫ぶ娘をゲームセンターから連れ出す私の姿は一歩まちがうと犯罪者に見えていたはず・・・。

 

まとめ

いろいろ書きましたが、3歳の子どもをゲームセンターに連れて行くときの心構えは、

アンパンマンをあなどってはならない!!!

です。

 

twitterやってます。

 

おかえりと言ってくれない子どもたち

仕事から帰ってくる。

「ただいま!」

と元気に声をかけるも、子どもたち(6歳と3歳)はiPhoneやテレビに夢中で、おかえりと言ってはくれない。

 

おかえりなさいくらい言いなさい。

 

そう言うことは簡単だ。僕がそう言えば子どもたちは「おかえりなさい」と言ってくれるだろう。

しかし僕は言わないし、言いたくもない。それは僕が求めていることと、なんか微妙に、いや決定的に違う。

 

時をさかのぼり、僕の幼少時代のことを少し話したい。

 

僕は子どものころに、行ってらっしゃいやおかえりなさいを言うよう結構厳しめにしつけられた。例えば夏休みなんかで自分が家にいて父が仕事に出るとき、行ってらっしゃいを言うために玄関まで行かなくてはならなかった。

おかえりなさいを言わなければいけないのはもちろんのこと、テレビを見ながらとか、横になりながら言ってもいけなかった。

このことが僕には、頭では正しいことだと分かっていても、正直面倒だった。

 

誤解のないように言っておくと、両親との仲は円満だった。仕事をする父に対して感謝の念も人並みにあったとは思う。だけど、それでもやっぱり面倒で、大げさに言えば理不尽だとさえ思ってた。おかえりなんて言いなさいと言われて言うもんじゃないだろ、と思っていたのだ。

 

ところが子どもを三人持つ父となったいま、仕事から帰っておかえりなさいと言ってもらいたい身勝手な自分がいる。しかも、僕や妻に言われてではなく、自発的に言ってもらいたいのだ。

子どもたちにかつての自分と同じ思いはしてもらいたくない、と言えば聞こえはいいけど、そんな大人な考えではなくて、自分に対しておかえりなさいと言うよう諭すのは、なんかみっともないじゃんという、もっと子どもじみた理由に近い。

 

ではいったいどうしたらいいのか。

正直なとこら僕にはよく分からない。

おかえりなさいを言わなければいけない理由なんて多分ないわけで(少なくとも僕は説明ができない)あいさつやマナーなんてのは合理的な理由からではなく、コミュニケーションを円滑にするためのものだと思っていて、でもそのことを3歳や6歳に教え諭すのは、ちょー難くね?ということなのだ。

 

そうして僕が子どもたちに対して取る手段というのは「ただいま、ただいまただいま〜」と連呼するという目も当てられない戦略で、自分でも情けなくなる。たぶん、うざいと思われていることだろう。それでも、悲しいことに、それ以外の方法が思いつかないのだ。

 

その悲しいアプローチに、3歳の娘は時々おかえりと言ってくれるが、6歳の息子は僕がどんなにアピールしてもiPhoneに夢中。夢中過ぎて僕の声が聞こえてないのかな、と思うこともあるが、息子が真剣な顔をしてやっているアプリについて「うわ、それすごいね」と声をかけると「うん、それでね、これがね、」と応じてくれるので、聞こえてはいるらしい。iPhoneやテレビで遊ばせていることも、おかえりなさいを言わない原因のひとつだとは思うが、すべてではないと思っている。

 

ちなみに「おかえりなさいと言ってくれるとお父さんは嬉しいんだよ」というようなことは、もう話した。だけど、効果はなかった。まあ、3歳や6歳で他人の立場に立って物事を考えるのはまだまだ難しいのかもしれない。

 

はあ、いつか、子どもたちに「パパ、おかえりなさ〜い」と駆け寄ってきてもらいたいなあと思う一方で、時が経つほどにそれって難しくなるんじゃないの、と不安にもなる。みんなどうやってるんだろ。

 

ところで今日の記事のタイトル、五七五になってたの気づきました?

 

twitterやってます。

 

牛のパパの子育て

我が家で飲んでる牛乳のパックに、牛の絵が描いてあった。

f:id:houta30:20161027120932p:plain

 

それを見た3歳の娘が「シマウマ!」と言ったので、妻が「これは牛。牛のママのおっぱいが牛乳なんだよ」と教えた。

 

すると娘が「(牛の)パパはなにしてるの?」

と聞いてきた。面白い質問だな、と思って聞いていると妻が答えた。

 

「なにしてるんだろうねー。ぐうたら、なにもせずに寝てるんじゃない?」

 

なんちゅーテキトーな…

と思ったけど、ぼくも牛のパパがどんなふうに子育てに関わっているかは知らなかったので黙って聞いていた。しかしこれではあまりにも不憫ではないか。パパにもパパの事情というものがあるだろう。同じオスとしていたたまれなくなっていると、今度は6歳の息子が言った。

 

「牛のパパはね、子どもをいい子いい子してるんだよ」

 

涙が出そうになった。

ぼく自身が息子に特別いい子いい子してるわけでもないので、余計にジーンときた。基本的にママ派の息子が、パパを擁護してくれたのだ。

 

これには妻も感動したようで、うちの息子は育児の大切さを分かってる、ちゃんと育児は夫婦で関わるべきものだという意識が根づいてきている、と褒めていた。

こういうところから社会の構造が変わっていくのかもしれないなと、少々大げさにぼくも感じ入った。

 

それにしてもあのまま話が終わってたら、

牛のパパ=ぐうたら=ぼく=牛

となるところだったよ。

ありがとう、息子よ!

 

ツイッターやってます。

 

 

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