ほう太パパの七転び八起き

妻にナイショのブログじゃありません。

夫婦のデートと子どもの気持ちのどちらを取るか。

タイトルの通りなんですが、このタイトル見て

「はあ!? 子ども最優先に決まっとるじゃろうが、ボケ!」

というひとは、以下をご覧になっても不快になるだけですし、どんなに言葉を尽くして語り合っても互いに分かり合えそうにありませんので、ご退出ください。

 

先日、保育園のイベントがありまして、それに参加するため夫婦ともに休暇を取りました。そして、そのイベントは午前中で終わるので、午後は子どもたちを一時保育(通常預けてる保育園とは別)に預けて、夫婦でデートをする予定を立てました。

 

デートは実に1年ぶりで、フランス料理のランチを予約していました。子どものいらっしゃるかたならご理解いただけるかと思いますが、夫婦でデートなんて、金のエンゼルを引き当てるくらいには難易度の高いものです。祖父母が近くにいるとまだなんとかなるかもしれませんが、我が家は残念ながらそうではありませんし、子どもも、8歳、5歳、2歳と3人いますんで、デートできたらなと思いつつも、その優先度はどうしても低くなります。

 

で、保育園のイベントが終わったあとに、5歳の娘に「このあとは、娘ちゃんの大好きなドラミちゃんお弁当をかって、XXX(一時保育の名前)に行こう」と切り出したんです。

 

しかしこれは完全に私の誤算だったんですが、娘が行きたくないと号泣してしまいました。長女は、アウトドアが大好きで、どこで遊んでも楽しむ性格をしてたので、ちょっとしぶることはあっても、ドラミちゃんお弁当があれば大丈夫だろうと高を括っていました。これについては、全面的に反省しています。

 

号泣する娘を見て、それほどに悲しかったかと初めて気がつきました。でも冷静に考えればその気持ちは十分に理解できます。午前中のイベントをがんばって、お友だちはお父さんお母さんと帰路につくなか、自分だけ一時保育と言われたわけですからね。妻とのデートにうかれていて、考えがいたりませんでした。不徳の致すところです。

 

娘をかわいそうに思いつつも、実に1年ぶりのデートですし、フランス料理の予約をしていますし、どうしたものかと悩みました。娘のことはもちろん大事です。でも、ぼくにとってはそれと同じくらい、妻のことも大切なのです。世間一般の通念として子どもの気持ちを優先すべきという考え方が浸透しているのは十分に理解しています。でも親の犠牲の上に、子どもの幸せを築いてしまうのは避けたいというか、全体として見るとそれは不幸なことだと思っているのです。ええ、分かっています。保育園のイベントのあとに一時保育に預けるのではなく、他の方法で夫婦の時間をつくればいいのです。分かっとるばい、そげんことくらい! それができれば苦労はなか! それができんばってん、こげなことになっとるんやなかね。

 

ということであの手この手で娘の説得を試みました。

「お父さんとお母さんは、いまから仕事で(うそです。うそも方便ということで言っています)どうしても娘ちゃんとは一緒にいられないんだよ」

「コンビニでおもちゃを買っていこうか」

「前に行ったとき弟くんは楽しんでいたみたいよ〜(娘は初めての一時保育でしたが、弟のほうは経験済みだったので)」

「仕事が終わったらすぐに迎えに来るから」

しかしどうしても、首を縦に振らない。

どうしようと迷いつつも、私が娘を抱っこし、妻が弟をベビーカーに乗せて、一時保育の場所に向かいました。

 

その途中で、ちょっとした奇跡が起きます。弟くんがベビーカーで寝てくれました。ここでひとつの打開策が見えました。眠りこんだ弟くんだけを一時保育に預け、娘をつれてフランス料理を食べに行くというアイデアです。娘を一緒につれていくというのは考えなくもなかったんですが、さすがに弟くんだけを預けるのはかわいそうだなと思ったんです。しかし弟くんが寝てくれているなら、寝ている状態のまま一時保育に預けられます。もちろん、起きたときにお父さんとお母さんがそばにいないということで泣くとは思いましたが、申し訳ないがそこはもうがまんしてくれと。弟くんは初めての一時保育ではなかったし。

 

補足:子どもふたりをつれて、4人でフランス料理を食べに行けばよかったじゃん、という意見があるかもしれません。たしかにできなくはないでしょう。ですが、私たち夫婦としては育児に追われる日常から抜け出したかったのです。私たちはフランス料理を食べたかったわけじゃないんです。育児を離れて夫婦だけの時間をもちたかったのです。

 

本題に戻ります。2歳の弟くんを一時保育に預け、娘を連れて出かけるという選択肢が現実味を帯びてきました。しかしです、娘を連れて行くには大きな問題がありました。娘を説得することを優先したあまり、お父さんとお母さんはいまから仕事だと、うそをついていたことです。このままじゃフランス料理を食べにはいけない。

 

どうしたらいいか迷いましたが、もう、正直に打ち明けて謝りました。さっきお父さんは娘ちゃんに、お父さんとお母さんは仕事だと言ったけど、それはうそだったと。本当はお父さんとお母さんとでご飯を食べに行こうとしていたのだと。どうして娘ちゃんを連れて行こうとしなかったというと、娘ちゃんが行っても好きな料理がないし、楽しくないと思うと思ったから。でも、それは娘ちゃんが決めることだよね。お父さんとお母さんと一緒にご飯を食べに行きたかったら、一緒に来てもいいよと。

 

ちゃんと謝ったら娘は許してくれました。そして一緒に行くことになりました。

 

妻からの提案で、フランス料理を食べる前に、娘ちゃんに洋服と靴を買うことになりました。というのも、保育園のイベント用の格好をしていたので、フランス料理を食べに行くにはあんまりな格好をしていたのです。でも、正直言うと、ぼくは「あんまりな格好」とは思っていなくて、そういう発想をして新しい服を買ってあげる妻はぼくにはない優しさをもっているなあと思いました。

 

そして無事に家族3人でフランス料理を食べました。幸いお店のほうも急な子どもの参加を快く受け入れてくださいましたし、お子さまランチもありました。食事中、娘はとてもいい子にしてくれていて、夫婦だけの時間とはいかなくても、とても楽しいかけがえのない時間を過ごすことができました。特に娘が出すクイズに夫婦で答えるのは楽しかった。うちには子どもが3人いるので、ひとりで両親を独占することはめったにないんですが、結果的には娘にとって特別な日になりました。店員さんに「今日は娘さんの記念日ですか?」とか聞かれました。おニューの服を着て、たしかにそんな感じでしたね。

 

ということで、夫婦のデートはまた次の機会に。1年後かもしれんけど! そして弟くんよ、今回はごめんよ。次は君の番だ。いつか3人で出かけよう。

 

 

 

小学2年生の息子に宿題の習慣をつけるために我が家でやっていること

もう何度も書いたことなので、あらためて書くのも面倒なのだけど、もしかしたらこの記事を最初に見る人もいるかもしれないので書いておく。

 

小学2年生の長男は宿題をやらない。もう驚くほどやらない。そしてやらないことで本人は(おそらく)あせりのたぐいを感じていない。先生には宿題をやってくるよう、もちろん言われているが、ほとんどこたえていない。

 

長男に宿題をさせるため、私もいろいろと画策したが、どれも功を奏することがなかった。先生と私のあいだで、連絡帳や電話を通じて何度も長男の宿題のことで話し合った。非常に親身に接してくださる先生であることをまずは明記しておきたい。

 

長男に宿題をさせるため、あらゆる方法を試したと書いたけど、ひとつゆずれないことが私にはあって、宿題を無理矢理させることで、勉強嫌いにはしたくないのだ。だから、基本的に宿題をやらないとペナルティを与えるという手段はとってこなかった。

 

ようやく本題なのだが、ある日先生からこの方法を試してみては?と提案されたのが、長男と一緒に宿題に向かい、例えば計算ドリルであれば問題部分は私が書いて、答えだけを長男に書かせるというものだった。

 

宿題はあくまで本人がやるべきものという固定観念があった私にはこのやり方は驚きだったし、正直それでいいの?と思った。しかし、担任の先生がおっしゃっているのだしと、とりあえず試してみることにした。

 

その結果、100パーセントうまくいってるわけではないけれど、おおむね良好な仕上がりとなった。漢字ドリルであれば本来は同じ漢字を十数回かかないといけないが、長男には5回だけ書かせている。そのほかは、私が書いているのだ。まさか40歳にもなって漢字を書き取ることになるとは思いもよらなかったよ、わしゃ。

 

計算ドリルにいたっては、問題のみならず答えも私が書いている。長男は計算を口で答えるだけ。例えば「12引く5は?」と聞いて「7」と答えさせて、私がノートに7と書く。3桁の筆算とか40歳には微妙に難しく、ボケ防止になっている。やったね!

 

そんなこんなでなんとか宿題をやっているのだが、こんなやり方にどれほどの意味があるのか、と思われるかたもいるかもしれない。そんな人のために書いておくと、このあいだの3連休の最終日、長男が自ら「宿題はいつしよう」と言い出したのだ。あの長男が!

 

長男の頭の中に、宿題をやらなきゃという意思が芽生えた瞬間であった。おそらく、宿題をやらない(やれない)子とひとくくりにするのは乱暴で、そのやれないには様々な段階がある。やろうと思っても授業内容を理解しておらずやれない子、集中力が続かない子、宿題の存在を忘れている子、そもそもやろうという気持ちにさえならない子。

 

長男の場合は、上にあげた宿題をやれないパターンのすべてに該当しているような気もするが、私と一緒に席につき、私がえんぴつを手にしてノートに書くことで、ようやく宿題の習慣が身についていっているように見える。宿題に取り組むハードルが下がったのだ。ほんとに少しずつだけど。まずはこうやって、宿題をやるという習慣を身につけることが先決で、学力をつけるというのは、二の次、三の次という感じだ。

 

ちなみに完全に自力で長男に宿題をさせていたころは、なんとか机に向かっても、最初の漢字の途中(例えば横線引いただけとか)で、ばたりと突っ伏したり、寝そべったり、部屋を出ていったりだった。本当にたった一文字の漢字を書くだけに10分とか平気でかかる。そして妹への暴言暴力でストレス発散をし始める。長男の宿題が家族全員のストレスになって重い空気で満たされるのだ。大げさでもなんでもなく。本人の学力向上につながるともとうてい思えない。

 

現在の長男の宿題ノートは、ほとんど私が書いているけれど、それでもまずは平穏に宿題の習慣を身につけさせるには、とてもいい方法のように思う。ただし、私と同じような悩みを抱え、この記事を読んで同じ方法を試そうと思われる場合は、まずはそのことを担任の先生に相談したほうがよいだろうと思います。

 

twitter やってます

 

やりたいことを見つけた長男へ

いま、お父さんは40歳で、君は7歳だ。何年後にこの文章を読むのか、はたまた読むことなどないか分からないが、素直な気持ちを綴っておく。

 

この数日、君は突如、絵(イラスト、マンガといったほうがいいか)を描く楽しさに目覚め、毎晩筆をとっている。筆というと大げさに聞こえるかもしれないが、本当に小学2年生には似つかわしくない筆ペンを握って描いている。なぜだろう。筆が欲しいというので、とりあえずお父さんは筆ペンをあげた。

 

君はこのブログでも多々触れてきたように(事後報告で申し訳ないけれど)個性的な、クセの強い子どもだ。クラスでは(おそらく男子でただひとり)赤の上履きをはいてるし、思い通りにいかないといまだに癇癪を起こして号泣するし、宿題を平気でビリビリ破いたりもする。

 

お母さんはそれほど心配していないようだが、お父さんは君が社会でやっていけるのか、とても心配だ。心配・・・いや、そういうと聞こえがいいが単純にお父さん自身が不安なのかもしれない。

 

学校の授業についていくことも大変な様子なので、君にはなにかしら手に技術をつけてあげたらいいかもしれないと考え、4歳のときにピアノを習わせてみた。このときも君は猛烈に反発してすぐにやめた。短い期間だったにせよ、なかば強引に通わせたことについては申し訳ないと思っている。言い訳になるが、ピアノのように個人で熱中して取り組めるものが君には合っているんじゃないかと思ったのだ。

 

その後、プール、空手、プログラミング、体操、演劇などいろいろ体験してみたけど、どれも空振りだった。まあ、まだ2年生だしそこまで焦ることはないかとお父さんはしばらく様子を見ることにした。幸い、学校にはそれなりに楽しそうに通えていたしね。

 

そんな君がある日、絵を描き始めた。ひとつのきっかけだろうと思われるのは、学童保育で出会ったマンガなのだろう。君はこのマンガについて語るとき目を輝かせていた。

 

なんと! でんぢゃらすじーさん 1 (1) (てんとう虫コロコロコミックス)

なんと! でんぢゃらすじーさん 1 (1) (てんとう虫コロコロコミックス)

 

 

 

お父さんが君の関心をひこうとあれこれ試してみたときには、のれんに腕押しという感じだったことについて、多少の落胆がなかったと言えばうそになるが、そんなことよりも、君自身が自分の好きなものを見つけてきたということが何よりも嬉しかったよ。君は我が家にある絵本をすべて描くのだと自分で目標を立て(絵以外では君は目標を立てるのがとても苦手なのに)毎日模写している。驚くべき集中力で。

 

この先、ずっと絵を描き続けるのか、新しい何かを見つけるのか、そんなことは分からないけれども、これをしていると楽しいと思えるものは大切にしてもらいたいと思っている。そういうものが、これから先の君の人生においてきっと拠り所になるはずだから。

 

それにしても、もしも君が漫画家にでもなろうものなら、40歳になってもプロの小説家になることを夢見ているお父さんの想いを継いでくれるのが君なのかもしれないなと感じられたりして、そのことがまた、お父さんにはたまらなく嬉しい。

 

もちろん君は君の人生を謳歌すればいいだけのことだけれど。グッドラック!

※ブログ記事へのコメントは可能ですが表示はされません。