ほう太パパの七転び八起き

妻にナイショのブログじゃありません。

接待カルタと八百長ジャンケン

3歳の娘は負けず嫌いで、勝負事に秀でている。

例えば、保育園で椅子取りゲームが時々行われるのだが、30名ほどの参加者がいるなかで、何度か1位に輝いたことがある。1位になることはすばらしい。やっぱりオンリーワンではなくナンバーワン。いくらSM○Pが声を大にして歌っても(もはやそれも叶わぬ夢となってしまったが)そういうことである。

 

ただその一方で憂慮していることもあるのだ。

 

娘はアンパンマンのカルタが好きだ。このあいだ、ぼくの両親が遊びに来たときに、そのアンパンマンカルタをじいじと一緒に遊ぶことになった。もちろんじいじは手を抜いてあげて、最初は娘ばかりに取らせてあげていた。ところが10枚ほどを娘に取らせた時点で、ゲームを面白くしようと思ったのか、昔取った杵柄を披露しようとしたのか(ぼくの父がカルタの杵柄を持っているという話は聞いたことがないが)バシっとするどい音を立てて絵札の1枚を自分のものにした。しかしそれによって娘のテンションはだだ下がり、ベソをかいて勝負を放りだしてしまった。

それからは、じいじとばあばが、かくいうぼくも、娘の機嫌を取りまくり、すべての絵札を娘に取らせて「いやー、おみごと!」「いやー、気がつきませんでしたな!」と持ち上げまくった。まるで、取引先の社長相手の接待カルタのようだった。

 

もうひとつ別の話をしよう。

 

娘は最近、将棋にはまっている。実は小1の息子に将棋を教えようとしたのがきっかけだったのだが、娘のほうが興味を示して、すべてのコマをひとりで並べられるくらいになってしまった。ちなみに動物将棋じゃない。漢字で書かれたガチの将棋だ。

 

で、将棋をはじめるにあたって、どちらが先にコマを進めるかを決めるためにジャンケンをするのだが、ここで負けるだけで娘は不機嫌になる。ベソをかく。「もうショーギやりたくない」とすねる。しかしジャンケンなので、カルタのときのように娘を持ち上げることは難しい。で、どうするかというと、娘がジャンケンの前にこっそり耳打ちしてくるのだ。「ねえ、パパはグーを出して」と。

それでぼくは言われたとおりにグーを出して、娘はパーを出して、そうして将棋が始まる。ん? 八百長だろって。うん、そうかもしれない。

 

しかしこの八百長ジャンケンも難しいもので、このあいだは、グーを出してと言われたからグーを出したのに、娘が間違ってチョキを出して、あ・・・となって、娘がベソをかいて、えー、でも、こっちは言われたとおりにやったのにぃ! となって、でもやっぱり娘がかわいくてもう一度ジャンケンをやり直した。

 

あ、思わず書いてしまった、娘がかわいくてって。

 

そう、つまるところ、ぼくが娘を甘やかしている、ただそれだけのことなのだ。

 

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長男(6歳)のこわいもの。ぼく(38歳)の怖いもの。

なにがきっかけなのかはよく分からないけれども、長男(6歳)はほとんどの大人がその存在を信じていないけれども、本当にいないとは言い切れないようなもの、例えば、地獄、鬼、幽霊、ゾンビ、おばけ、というものが大好きだ。いや大好きというとちょっと違うかもしれない、強く興味をひきつけられるというところか。

 

最近ではゲゲゲの鬼太郎にはまっていて、近年リニューアルされた鬼太郎のDVDを借りてはじっと見ている。じっと見ているのだが、その手にはテレビのリモコンが固く握りしめられており(普通の番組を見ているときはそんなことはしない)こわいシーンが出てきたらいつでも消せるようにしているようだ。もう小学生になったのだからたぶん幽霊とか実際にはいないと分かっているはずなのだけど、完全には否定しきれないなにかが彼の心の中にあるのだろう。たしかに絶対にいないとは言い切れないのだから、その好奇心はいつまでも持ち続けていてもらいたいなと思っている。

 

好奇心旺盛な息子は、iPhoneのSiri(言葉で話しかけてiPhoneを動作させるやつ)に向かって「おばけを見せて」とつぶやくことがある。だけどもその検索結果を見る勇気はなくて、Siriに話しかけたとたんiPhoneをほっぽり出して、ぼくや妻のところに駆け寄ってくる。(ちなみにどんな検索結果が表示されるかは、みなさんの目でご確認いただきたい)

 

先日は、ゾンビは生きているのか? ゾンビは日本にいるのか? と聞かれて、もちろんゾンビは生きてはいないわけだけれども、長男の目から見れば両手をダラリとしながらも近づいてきたりするわけで、あれ? 生きてるのかな? みたいになるのだろう。 生と死の境はあいまいだ。ゾンビが日本にいるのかはよく分からないけれども、ゾンビはなんとなく海外の(西欧の?)文化のような気もする。そして日本ではゾンビよりも幽霊のほうがメジャーだ。もしもゾンビが日本で跋扈しはじめると、我々生きた人間というよりも古参の幽霊のほうが既存勢力として抵抗しそうではある。おい、オマエら、いったいだれの許可取ってのさばってんだ。ここはオレらのシマなんだぜって感じで。

 

ところでぼくくらいの年になると、なんかもう、おばけも幽霊もゾンビもあまり怖くなくなって、それはその存在を信じていないというよりも、毎日の育児で疲労困憊しているせいで、仮に出会うことがあったりしても「ああ、お互い大変っすよね」みたいに声をかけてしまいそうになるからだ。かの有名な、井戸をよじ登ってテレビから出てくるS子さんであっても「もうVHSは普及してないんですが、呪いのそれは大丈夫ですか? いまならYoutubeがオススメですよ。Youtuber S子!」とか言ってしまいそう。しかしながらこれには深刻な問題が残っており、Youtubeの閲覧デバイスの大部分はスマートフォンだと思われ、果たしてブラウン管のテレビから出てきた感じで、スマホから出てこられるかと考えると、かなり厳しいものがあると思われる。

 

さて長男は今年の春から小学校に入り、話を聞いているとときどき図書室に遊びに行っているようだ。そこで「こわい本」を探しては読んでいるらしい。気になることはどんどん調べてくれ。そして父さんに教えてくれ。でないとこのままだと、父さんにとって怖いものが、イライラしてピリピリしているお母さんになってしまいそうだよ。

 

妖怪図鑑 (単行本絵本)

妖怪図鑑 (単行本絵本)

 

 

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娘とテントウムシと朝の光。

自分で言うのもなんだけど、ぼくは娘(3歳)と超仲良しだ。

 

お風呂だって「パパと一緒がいい」と言ってくれるし、寝るときだって「パパと一緒に寝たい」と言ってくれる。このあいだの休日はめずらしく娘と二人きり(我が家には6歳の長男と0歳の次男がいる)で電車に乗って公園に出かけて、それはもうデートと呼んでいいものだった。

 

そんな娘を毎朝自転車の後ろに乗せて保育園に向かうのだが、娘が玄関先でアンパンマンの靴をはいているとき、ふと、テントウムシがぼくの足元に止まった。典型的な赤に黒い斑点のあるテントウムシではなく、黒にオレンジがかった斑点のあるそれであった。娘は特別昆虫が好きというわけではなかったけれど、昆虫の中でもダンゴムシに匹敵するほどの人気を持つと言っても過言ではないテントウムシであるので、娘に教えてあげたらきっと喜ぶだろうと思った。飛ぶなよ、飛ぶなよ、と心のなかで祈りながら、娘が靴をはき終わるのを待った。

 

そうして娘が靴をはき終えて玄関を出てきて、いざ、テントウムシのことを伝えようとしたその瞬間、ぼくの想像以上に娘が勢いよく飛び出してきて、テントウムシを踏んでしまいそうになった。ぼくはあわてて娘の手をつかんで引き寄せたのだけど、わずかに娘の足がテントウムシを踏みつけて、瀕死の状態になっていた。いかに3歳の小さな女の子とはいえ、テントウムシからすれば巨人なのだから、ふまれてしまえばひとたまりもない。

 

娘は娘で、ぼくが急に腕をつかんだものだから、ちょっとびっくりした様子で立っていた。ぼくはなんだか、娘に対してテントウムシを踏んだという事実を伝えきれなくて「あ、いやね、テントウムシがね、そこに止まっていてね……」としどろもどろに説明して「保育園に送れるから、もう行こう」と娘と一緒に自転車乗り場に向かった。

 

その後、自転車の後ろに娘を乗せて保育園に向かったのだけど、いつもは陽気な娘がなんだか静かだった。ぼくが娘の腕をぎゅっとつかんだことが嫌だったのか、テントウムシを踏んだことをなんとなく察したのか、それとも全然関係のないことが原因なのか、それはよく分からないけれども、とにかく娘は元気がなかった。テントウムシがぼくの足元に止まったあのとき、それを伝えて喜ぶ娘の顔を想像したのだけど、ちょっとしたボタンのかけちがいみたいなもので、うまくいかなくなることはよくある。ぼくは朝の光をあびながら、おそらくは死んでしまったであろうテントウムシに思いをはせ、ペダルをこぎ続けた。

 

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