長男と一緒に不登校を楽しもう

小3の長男が不登校になりました。

ついに、じいじが不登校の長男にブチギレ。41年目にして初めて見る父の姿。

前回に引き続き、じめっと暗い話になるかもです。ごめん。

 

前回書いたことにこりずに、不登校の長男のことで私の両親を頼りました。

 

午前中、不登校の長男を両親に見てもらっていて、お昼休みに合流しました。

午前中のあいだは、順調だったみたいです。

 

私は両親と長男と4人で食事をするため、とあるレストランの予約を入れていました。でもそのことを両親と長男に伝えることを忘れていました。

その結果、長男は食べる気満々だったカツカレーをあきらめて、私が予約していたレストランについてくるはめになりました。

今回のトラブルの直接の原因がなにかと言われれば、まさにこれで、私の連絡不足がまねいたことです。

 

ふつうの小学3年生(あえてそう書きますが)であれば、カツカレーから別の料理に切り替えることができるんでしょうが、うちの長男はそうはいきません。

 

「レストランの料理はぜったい食べない」

 

と宣言し、本当に食べないです。いままで、何度もそういうことがありました。

 

だから、私は長男に丁寧に謝罪し、レストランの料理はたべなくてもいいよ、あとからカツカレーを食べてもいいよ、と伝えました。予約をいれていたレストランでの食事を平穏なものにするためでした。

 

レストランに到着した長男は、ぶすくれて、案の定「ぜったい食べない」と言いました。おそらくですが、これくらいで済んでいれば、あの惨事はなかったのではないかと思います。

 

しかし、しばらくして、長男がレストランの椅子のうえで、ぐでぇーと寝そべりはじめました。あ、これはさすがにまずいと思い、「ちゃんと座ろうね」と優しく声をかけました。でも、ダメでした。私の言うことをききません。しばらくして、私の父、じいじがブチ切れました。

 

「ちゃんと、座らんか。そんなふうにしているひとは、だれもいないだろ!」

(録音したわけではないので、多少そごはあると思いますが、こういうセリフ)

 

長男は、ふてくされたまま、じいじに背を向け、立ち上がろうとしました。

(たぶんね、私にとってもあまりの出来事だったので、記憶があいまいな部分があります)

 

そしたら、じいじが、長男の服の襟首を後ろからつかんで引き寄せ、椅子に無理矢理座らせたのです。

(この記憶は鮮明)

 

そして、ちゃんと座れだの、そんなこともできんのかだの、周りを見てみろだの、そういう説教があったと思います。長男は号泣。

 

それなりにおしゃれなレストランだったこともあり、そのままにするわけにもいかず、私はすぐさま長男を連れて店の外に出ました。

 

正直に打ち明けますが、あんな父の言動を見たのは、41年生きてきて初めてのことで、私の心の臓もバックバックでした。

 

とりあえず長男に、つらかったね、びっくりしたね、と声をかけ、なんとか気持ちを落ち着かせようと試みました。

ところが、信じられないことに、父もレストランから出てきたのです。

 

幸いに、どなりつけることはありませんでしたが、それでも説教は続きました。

 

泣いていても、何も解決にならないと。

自分の思うことは、ちゃんと口に出せと。

そして、さらにそこから派生して、不登校を否定するような言葉が出始めました。

 

もちろん、そんなんで長男が泣き止むわけがないですよね・・・

 

私は、説教する父をとめることができませんでした。そんな説教しても意味がないと思う気持ちが3分の1。でももしかしたら、ふだん温厚なじいじがこれだけ言えば、なにかしら変わるかもという思いが3分の1。そして恥ずかしながら、本当に初めて見る激高する父に対して私自身がひるんだのが3分の1。

 

しばらくして、父も少しは冷静になり、長男もなきやみましたが、もちろん「じゃ、食事の続きを楽しもうか」なんてなるわけもなく、そのままお開きとなりました。前菜しか食べませんでした。

 

あ、ここまで母に関する言及がありませんでしたが、ブチ切れる父を察してとめようとこころみていましたが、それはかなわず、レストランの中にもどると、身内の通夜かと思うような顔で食卓についていました。

 

さすがにもう、私が長男のことで両親を頼ることはないと思います。こんなことになって、長男に申し訳なく思っています。かわいそうなことをしてしまいました。幸い、長男はじいじに叱られた1時間後にはケロッとしていましたが、それでもショックは受けたのは間違いないですから。

 

長男の不登校を打ち明けて以降、父は事あるごとに、厳しく接したほうがいいと言っていたのです。でも、まさか、あれほど温厚だった父が、あんな言動を長男に対してするとは思いもしませんでした。

 

不登校は、人を変えてしまうのですね・・・

 

どうしてそんなにゆるせないんでしょう。

 

長男を心配しているから、厳しいことを言うのだ、と両親は言います。かくいう私も同じように考えていたので、その気持ちはほんとによく分かる。

 

でも、不登校がはじまって2ヶ月以上が経過して、ようやく僕も、厳しく接することが長男にとってなにもいいことを生まないことを学びました。

 

厳しく接するのは、自分の思い描くレールを走らなくなったことへの焦りと不安が、形を変えて、長男に刃となって向かっているだけ。心配じゃない。

 

いますべきことは、学校に行かないという長男の選択を尊重し、見守ってあげること。長男のことが心配だというのなら、いろんな環境を準備してあげること。長男の安心できるものをひとつでも多く。でもその環境を選択するかは、長男の自由。長男の人生は、自分の管理下にあるわけでないと自覚すること。彼の人生は、自分の人生と同じ高さで続いている。

 

私の同僚や友人、小学校の先生方は、長男の不登校に理解を示し、あたたかく受け入れてくれています。だれひとりとして、私たち夫婦の育児を非難したり、説教してきたりしませんでした。私がめぐまれてるだけかもしれませんが、不登校への理解は確実に進んでると思います。

 

にもかかわらず、一番の味方だと思っていた両親とこういうことになるのは皮肉なものですね。当事者は冷静でいられないという気持ちも痛いほど分かりますが。

 

 

 

 

長男の不登校を両親に打ち明けたら、育児放棄を指摘され、妻が仕事を辞めないのはなぜかと問われた話。

久しぶりに扇動的なタイトルをつけてしまったが、それくらいに僕にとってショックの大きい一日だった。まるで自分しか見ることのない日記に殴り書きするようにいまから書いてしまいそうだが、ここはインターネッツ!! 不特定多数の世界中の人々に発信することになると思うが、それでもいいや、という心境である。いま、ここで吐き出すことが僕の心身を健全に保つために必要だと思うから。

 

長男(小3)の不登校についてはいままでもブログにしたためてきたが、夏休みを明けても登校のめどが立たず、仕事を遅刻したり職場に連れて行ったりということに限界を感じてきていて、ついに実の両親に打ち明けた。

 

僕の両親、特に母親は僕と似たような性格、考え方をしているので長男の不登校を打ち明ければかなり心配をかけるであろうことは容易に想像がついた。案の定、打ち明けたその日の夜には片道4時間をかけて飛んできてくれた。もちろん、両親に打ち明けるというのは、長男のそばに日中いてほしいという要望とセットであり、飛んで来てくれたことにはとても感謝している。

 

ただ、両親に打ち明けた電話のなかで、長男に長い時間留守番をさせていることを心配するあまり、両親から「育児放棄になってしまうよ」と指摘された。特に父にしては珍しい語気で。そのことがひどく僕の心を傷つけたのである。

 

なぜこんなにもショックを受けたのか、分かるようで分からない。無意識に考えまいと心の奥底に押し込めていたうごめく感情を、クリティカルにつつかれたのだろうか。たしかに小3の子どもに、長いときで半日近くひとりで留守番をさせていたのだから、育児を放棄していると言われても仕方がないのかもしれない。夫婦ともに職場につれていけるときはそうしていたけれど、どうしようもないときは留守番をさせていた。また留守番をさせてみて、そのあまりのつまらなさに、やっぱり学校に行こう、となってくれないかという期待もあった。しかし結局八方ふさがりになったから、両親に相談したんだけどね。そこをくんでもらえなかった、つらさなのかな。

 

さらに追い打ちをかけるように言われたことが、妻が仕事をやめることを考えないのはなぜか?という問いかけ。僕の母は専業主婦だったし、時代も時代だったから、そういう発想はごくごく自然なものなのかもしれない。いまはなにをさておいても、長男のことを第一に考えるべきだと。

 

いやね、正直に言うと、妻が仕事を辞めるなんて発想はみじんもなかった。そのことに正直自分でも驚いている。というのも、かつての僕であれば両親と同じように考えてもなんの不思議もなかったからだ。

 

しかし、3人の子どもを育てていくなかで、妻が仕事を辞めるなんて選択肢は僕の頭のなかからきれいさっぱり消えていた。なぜか、と説明するのはすごく難しいけれど、仮に妻が仕事を辞めて長男につきっきりになったとしても、長男にとってよい作用があるとはまるで思えなくなっている。

 

妻にとって仕事はとても大切なものだし、妻もメンタルに不調をきたしやすく育児のストレスをかかえこみやすいし、そもそも仕事と育児を秤にかけるという発想が、もう僕のなかであまりにもナンセンスになっている。きのこの山と、たけのこの里を比べるくらいにナンセンスなのだ。でもだからこそ、人々はその議論に取り憑かれるのだろう。

 

いまの僕の心境について、どんなに言葉を尽くそうと両親には理解してもらえないだろうという、変な確信がある。いや、言葉を尽くす気力が、僕のなかにもう残っていないのかもしれない。

 

以上のようなことを両親から言われて、ガーンと鉄槌のようなもので胸をはげしくうたれたのだが、これは絶対に妻には打ち明けられないと思った。

思ったのだが、しばらくして、いや、これは伝えておかないと、のちのち何かの拍子に耐えきれなくなった両親が妻に、その言ってはならない一言をもらすのではないか、そのことに恐れをいだいたのである。であるならば、両親の考えをそれとなく伝え、万が一に備えておいたほうがよいのではないか。備えあればなんとやらである。避難訓練とでも言おうか。面と向かって言われたときのショックを多少はやわらげるかもしれない。

 

かといって、僕の口から妻にこのことを話せなかった。話せるわけないではないか。どんなふうに言葉を選んで話そうとしてもこれは厳しい戦いになるという弱腰。で、ブログなのである。

 

このブログは妻も見ている。おそらくこの記事も見るだろう。でもなんか、ブログ経由であくまで一読者として、まるで他人事のように読んでもらったほうがショックをかろうじて軽減できるのではないかという都合のよい解釈。どうか、やわらかく、妻のもとに届いてほしい。

 

さてこのまま締めくくると、毒祖父母などと僕の両親がたたかれそうなのでフォローをしておかねばなるまい。

 

両親の思わず口から漏れ出た言葉は、なんの不思議もない、孫を愛するゆえのごくごく自然なものであろう。僕だって自分の子どもから、孫が不登校なのだと打ち明けられたら気が動転し、言わなくてもよいいろんなことを、あれもこれもと僕の両親以上に口走りそうである。

 

長男の不登校が発覚して、約2ヶ月が経過して、ようやく僕はこの心境なのだ。そりゃあ2ヶ月前はあせったもん。ツイッター読み返せばはっきりする。だから両親の今日の反応は正常。毒祖父母じゃない。炎上要素はない。

 

ましてや両親は片道4時間をかけてすっ飛んで来てくれたのだ。70歳も近いというのに。ありがたいことではないか。多少の小言があっても、補ってあまりある行動力である。

 

そういえば、今回のことで思い出した。長男はそれはもう体調をひどくくずす子で、3歳になるまでに5回の入院をした。そのとき、僕は妻にこう言ったのだ。

 

「ねえ、君が仕事を辞めて長男くんを家で見たほうがいいんじゃないかな」

 

なるほど、なるほど。今日、両親から僕が言われた言葉とおんなじではないか。あのころの僕はそういう思考をする人間だった。それがこんなにも変わるのだから、人間ておもしろい。

 

入院を何度も繰り返す長男を見て、ああ、元気でいてさえくれればそれだけでいい、と心から思ったあのころ。あら、てことは、不登校なんて取るに足らない問題でしょ? ちがうかしら。

 

あー、久しぶりに、感情を吐き出した。

 

最後にひとこと。

ありがとう、お父さん、お母さん

 

 

ファミレスのモーニングに行ったら、モーニング以外のメニューを食べると長男が言い張り、1時間半待つことになった話。

 

不登校の長男(小3)、夏休み明けが登校を再開するよいチャンス(僕視点)だったのですが、やはりうまくいかず。

平日は留守番で家に引きこもりがちなので、週末は少しでも外に連れ出そうと、ファミレスに朝ご飯を食べに行きました。

ファミレスに行くのさえ嫌がることもありますが、この日はOK。長男と次男(2歳)と僕の3人で朝ご飯を食べに行きました。長男は、ちょと前に同じファミレスで食べたカレーとナンのセットを楽しみにしていました。しかーし、これは完全に私のリサーチ不足だったのですが、朝に注文できるメニューが限られていたのです。長男が楽しみにしていたカレーとナンのセットは10:30からしか注文できないと。

 

このとき、時刻は9:00。

まあ、ふつうは他のメニューで妥協するところでしょう。

しかし長男は違います。ぜったいにカレーとナンのセットを食べるのだと。

もちろん僕も

「モーニングのなかにこんなメニューがあるよ」

といっぱい提案したのだけど

「ぜったいに食べない。もうぼくの人生は終わった」

とまで言いだしました・・・こうやって書くと冗談みたいに聞こえるけど、現場はいまにも長男がブチ切れるか、号泣するかという一触即発の事態だったのです。

 

こういう長男の言動にはさすがに慣れてきた、というか、どうしようもないので、長男には悪いけれど、僕と次男の分だけを注文。このときまでは、僕と次男の食事が終わった時点でファミレスを退出して、帰りにコンビニででも長男の好きなものを買って帰るつもりでした。

 

僕と次男の朝食が終わった9:30。

長男にお店を出ようかと声かけするも、まだまだ、ぜったいにカレーとナンを注文するの一点張り。あと1時間あるんだよ、と言っても「待つ!」と。

 

それでこちらも覚悟を決めて

「よし、待とうや。 10:30まで待とうや!」

と言ったら、急に長男の気持ちが落ち着きました。

それまでに、別のメニューの提案とか、僕や次男の料理から長男が食べそうなものを分け与えたりしていたのですが、そういうのはまったく長男の心に響かなかったんですね。でも、この、10:30まで待つというこちらの覚悟を見せたのが功を奏し、急に僕が分け与えた料理を食べ始めました。もちろん、10:30までは待つんですけれどね。

 

10:30になってカレーとナンのセットを注文し、ようやくありつけました。

 

で、これも長男の不思議な長所なんですが、あれほど待ち焦がれて届いたカレーとナンのセットを、僕と次男に分け与えてくれるんですね。昔からシェア精神の旺盛な長男です。食べることそのものより、注文したものが自分の思い通りに手元に届くというその過程が大事みたいです。

 

その夜、明日からの留守番(不登校なので)がイヤだと言い出して、でもこのときちょっと違ったのが、小学校に通うことに少し前向きな姿勢を見せたこと。

 

教室に行かなくても済むのか? 友だちに会わなくても済むのか? お迎えに来てくれる? とか、本人なりにいろいろと考え、迷っている姿を見ることができました。それらの質問に、基本的にはすべて前向きな返事を返し、

「心配することはなにもない、長男くんの望むような形になるよう、お父さんもがんばるよ」

と言い続けました。

 

でも、結局月曜日は小学校には行けませんでした。しかし火曜日に、小学校の正門まで行けるのです。その話は次回へ〜。