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ほう太パパの七転び八起き

妻にナイショのブログじゃありません。

おかえりと言ってくれない子どもたち

育児 雑談

仕事から帰ってくる。

「ただいま!」

と元気に声をかけるも、子どもたち(6歳と3歳)はiPhoneやテレビに夢中で、おかえりと言ってはくれない。

 

おかえりなさいくらい言いなさい。

 

そう言うことは簡単だ。僕がそう言えば子どもたちは「おかえりなさい」と言ってくれるだろう。

しかし僕は言わないし、言いたくもない。それは僕が求めていることと、なんか微妙に、いや決定的に違う。

 

時をさかのぼり、僕の幼少時代のことを少し話したい。

 

僕は子どものころに、行ってらっしゃいやおかえりなさいを言うよう結構厳しめにしつけられた。例えば夏休みなんかで自分が家にいて父が仕事に出るとき、行ってらっしゃいを言うために玄関まで行かなくてはならなかった。

おかえりなさいを言わなければいけないのはもちろんのこと、テレビを見ながらとか、横になりながら言ってもいけなかった。

このことが僕には、頭では正しいことだと分かっていても、正直面倒だった。

 

誤解のないように言っておくと、両親との仲は円満だった。仕事をする父に対して感謝の念も人並みにあったとは思う。だけど、それでもやっぱり面倒で、大げさに言えば理不尽だとさえ思ってた。おかえりなんて言いなさいと言われて言うもんじゃないだろ、と思っていたのだ。

 

ところが子どもを三人持つ父となったいま、仕事から帰っておかえりなさいと言ってもらいたい身勝手な自分がいる。しかも、僕や妻に言われてではなく、自発的に言ってもらいたいのだ。

子どもたちにかつての自分と同じ思いはしてもらいたくない、と言えば聞こえはいいけど、そんな大人な考えではなくて、自分に対しておかえりなさいと言うよう諭すのは、なんかみっともないじゃんという、もっと子どもじみた理由に近い。

 

ではいったいどうしたらいいのか。

正直なとこら僕にはよく分からない。

おかえりなさいを言わなければいけない理由なんて多分ないわけで(少なくとも僕は説明ができない)あいさつやマナーなんてのは合理的な理由からではなく、コミュニケーションを円滑にするためのものだと思っていて、でもそのことを3歳や6歳に教え諭すのは、ちょー難くね?ということなのだ。

 

そうして僕が子どもたちに対して取る手段というのは「ただいま、ただいまただいま〜」と連呼するという目も当てられない戦略で、自分でも情けなくなる。たぶん、うざいと思われていることだろう。それでも、悲しいことに、それ以外の方法が思いつかないのだ。

 

その悲しいアプローチに、3歳の娘は時々おかえりと言ってくれるが、6歳の息子は僕がどんなにアピールしてもiPhoneに夢中。夢中過ぎて僕の声が聞こえてないのかな、と思うこともあるが、息子が真剣な顔をしてやっているアプリについて「うわ、それすごいね」と声をかけると「うん、それでね、これがね、」と応じてくれるので、聞こえてはいるらしい。iPhoneやテレビで遊ばせていることも、おかえりなさいを言わない原因のひとつだとは思うが、すべてではないと思っている。

 

ちなみに「おかえりなさいと言ってくれるとお父さんは嬉しいんだよ」というようなことは、もう話した。だけど、効果はなかった。まあ、3歳や6歳で他人の立場に立って物事を考えるのはまだまだ難しいのかもしれない。

 

はあ、いつか、子どもたちに「パパ、おかえりなさ〜い」と駆け寄ってきてもらいたいなあと思う一方で、時が経つほどにそれって難しくなるんじゃないの、と不安にもなる。みんなどうやってるんだろ。

 

ところで今日の記事のタイトル、五七五になってたの気づきました?

 

twitterやってます。

 

牛のパパの子育て

育児 雑談

我が家で飲んでる牛乳のパックに、牛の絵が描いてあった。

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それを見た3歳の娘が「シマウマ!」と言ったので、妻が「これは牛。牛のママのおっぱいが牛乳なんだよ」と教えた。

 

すると娘が「(牛の)パパはなにしてるの?」

と聞いてきた。面白い質問だな、と思って聞いていると妻が答えた。

 

「なにしてるんだろうねー。ぐうたら、なにもせずに寝てるんじゃない?」

 

なんちゅーテキトーな…

と思ったけど、ぼくも牛のパパがどんなふうに子育てに関わっているかは知らなかったので黙って聞いていた。しかしこれではあまりにも不憫ではないか。パパにもパパの事情というものがあるだろう。同じオスとしていたたまれなくなっていると、今度は6歳の息子が言った。

 

「牛のパパはね、子どもをいい子いい子してるんだよ」

 

涙が出そうになった。

ぼく自身が息子に特別いい子いい子してるわけでもないので、余計にジーンときた。基本的にママ派の息子が、パパを擁護してくれたのだ。

 

これには妻も感動したようで、うちの息子は育児の大切さを分かってる、ちゃんと育児は夫婦で関わるべきものだという意識が根づいてきている、と褒めていた。

こういうところから社会の構造が変わっていくのかもしれないなと、少々大げさにぼくも感じ入った。

 

それにしてもあのまま話が終わってたら、

牛のパパ=ぐうたら=ぼく=牛

となるところだったよ。

ありがとう、息子よ!

 

ツイッターやってます。

 

 

娘から「パパ死んで」と言われた日。

雑談 育児

思い返せば、私は娘を甘やかして育てた。

と同時に娘にとっては小うるさいことを言う父親であったろうと思う。

 

だから晴天の霹靂と言うにはちょっとおこがましいとは思うが、それでも娘から「パパ死んで」と言われた私の心は、もう心と呼ぶにはその原型を留めていない。

 

生まれたばかりの娘をこの手に抱いたことを、つい昨日のように思い出す。

高熱を出した娘のために仕事を休み、点滴に付き添ったことも今となっては懐かしい思い出だ。

 

「パパ一緒に寝よ」

 

そう言って、もみじのような小さな手で私の腕を引っ張ったことも、いや、あれは私の自分勝手な思い込みが歪ませた都合の良い記憶なのだろうか。一緒に寝ようと言ってくれた同じ口から「死んで」なんて言葉が出るはずもない。

 

私の友人の子どもで、娘にとっては2つ年上のお兄ちゃんがいた。その彼に娘がほのかな恋心を抱いていたことも私は知っている。実にあのときも、私の心は猛獣にえぐられたようなダメージを受けたが、同時に嬉しくもあった。彼は好男子であったし、何より娘がひとりの女性へと成長した証しでもあったのだから。

 

娘の名前をつけたのは私だ。

どんなにつらいことがあっても、前向きに生きて欲しいと願いつけた名前。思えば面と向かって確認したことはなかったけれど、娘は自分の名前を気に入ってくれているのだろうか。少なくとも私は、娘がその名に恥じぬよう成長してくれたと思っている。

 

いまの、こんな私にできることは、間違っても明日なんかに、うっかり不慮の事故にあって死んでしまわないことだ。そんなことにでもなれば、娘は私に発した言葉を生涯気にし続けてしまうかもしれない。そんなことを私は決して望んでいない。

 

最期に、もとい最後に、なぜ私が娘からあのような言葉を受けたかについて、軽く触れておくことにしよう。

 

お風呂から上がった娘があられもない姿でスマホをいじっていたので、このままでは風邪をひいてしまうと心配になり「さっさとパジャマに着替えない」と私は言った。そのことに娘は腹を立てたのだ。

考えてみれば当たり前のことだ。いったいいつまで私を子ども扱いするつもり? ということだろう。私は知らぬ間に、自分は決してそうなるまいと思っていた毒親になっていたのだ。

 

娘はもう3歳だ。

 

それなのに私はどうしても彼女がまだ子どもにしか見えない。自分をしっかり持ち、恋心も覚えたひとりの女性として接することができない。こんな身勝手な父をどうか許して欲しい。そして許されるものなら、もう一度娘の好きだった動物園に行って、私の隣で「パパ」と微笑む娘の顔を見てみたい。

 

追記

今回書いた内容について、半分ネタっぽく書いたつもりだったのですが(それでもウソは書いてませんが)コメントを見るとご心配をかけてしまったようなので追記しておきます。

実際、私もかなりショックを受けて娘を諭すこともできずその場を去ってしまったのですが、妻が後からきちんとフォローしてくれていました。誰かに「死んで」なんて言葉を使ってはいけないことを。私も娘に、とても悲しい気持ちになったことを伝えました。

娘も言ってはいけない言葉だということは、言う前から理解していたふしもあり、仲直りもできました。でも娘は娘で私に腹が立ったのは事実で、またそのことをうまく表現する術をもたないので、今回のようなことになったのだと思います。

これからもいろいろなことが起こるのでしょうけど、ひとつひとつ乗り越えて行きたいです。

ご心配をいただいたみなさま、ありがとうございました。

 

 

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