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ほう太パパの七転び八起き

妻にナイショのブログじゃありません。

妊娠糖尿病でインスリンを打っている妻が痛々しくて見れない。

妻が第三子の妊娠にして初めての妊娠糖尿病になりました。一人目、二人目でならなくても、なることあるしい。

最初は食事療法でがんばってたけど、それでも改善されずインスリン注射となりました。

毎食前に打ってます。

1日に1回じゃなくて毎食前だよ、こんなに大変なこととは知らなかった。インスリンとは別に血糖値の検査のために、指にチクてやってるし。

 

なんかもう、痛々しくて見ていることができません。太ももには注射のあとがたくさんだし。もしぼくが同じ立場なら、ご飯の時間になるのが怖くなるほどだ。

 

妊娠に伴う苦労ってたくさんありますが、妻が妊娠するまでぼくは妊娠糖尿病のことを知らなかったし、実際になってみて、初めて治療がこんなにも大変だということを知りました。

 

お腹の我が子のためとはいえ、こんなにがんばってる妻をぼくは尊敬しています。

こんなつぶやきしてるけど、尊敬しています。

 

ありがとう、妻よ。

出産予定日までもう少しだね。

ぼくは、君の代わりに注射を打つことはできません。好きなものを好きなだけ食べれるし、体温が異常にあがって、夜中に汗だくなんてことにもならないし、なによりお腹が大きくもならないわけだけれども、ぼくたちの子どもを妊娠してくれたことにとても感謝しています。

元気に出産し、産褥期を過ぎたら家族みんなで焼肉食べに行こう!

保育園と小学校のちがい

保育園 雑談

授業があるとか、時間が厳密だとか、そんなことじゃなくてね。

 

あくまで、うちの子どもたちを預けてる保育園ではということになるんだけど、例えばすべての先生がすべての子どもたちの名前を覚えてる。いや、そりゃ、テストをして確認したわけじゃないけど、朝早くとか延長保育の時間て、本来のクラス担任とは別の先生が見てくれることがよくあります。でもちゃーんと子どもたちの名前を覚えてくれている。

ほかにも、廊下ですれ違ったときに「○○ちゃーん、おはよう」とか普通に声をかけてくれるんだけど、これって何気にすごいよね。おそらくうちの保育園の園児は200以上いるのに。

こんなこと、たぶん小学校じゃないよね。

 

あと、保育園て、なんで下の名前で子どものことを呼ぶんだろう。小学校に入ったら基本苗字だよね。子どもに「どうして?」て聞かれたら、ちょっと答えられないな。

 

それから、保育園の先生方のぼくら保護者へのあいさつ。

「おはようございます」とかは普通だけど、例えば、朝、保育園に預けて出て行くとき「行ってらっしゃい」て声をかけてくれる。

逆に保育園に迎えに行くと「おかえりなさい」て。

これが個人的にとても心地いい。

なんか、もう、おれたち家族じゃん、みたいな気持ちになって。

こんなあいさつも小学校ではないだろう、ていうか、小学校の登下校は基本子どもひとりでするもんね。

 

というようなことを、来春から小学校にあがる息子のことを思いながら考えました。

なお、本日の記事は初めて、オールスマホで書きました。

あまり深く考えずに、思いつくまま書きました。なのでいつもと雰囲気が違うときは、そういうことです。

個人的にブログの更新方法についていろいろ考えてて。いつもご愛読ありがとうございます!

 

 

 

吹奏楽のコンクールに出場するのか、甲子園に応援に行くのかを、部員に決めさせてはいけない。

雑談

甲子園に出場することが決まった高校の吹奏楽部が、自分たちのコンクール出場を断念するというニュースが流れ(当初のニュースではそれが美談のように流れた)それに対する批判の記事がいくつか掲載されている。

 

www.buzzfeed.com

 

www.j-cast.com

 

 

私は件の高校の関係者ではないが、かつて吹奏楽部員として高校時代を過ごし(ちなみに部長の時期もあった)、野球部の応援をしたこともある。そのときの経験を踏まえて少しお話ししたいと思う。あくまで、私の経験に基づく内容であることに留意していただきたい。

 

まず、吹奏楽部員は大きく2つのタイプに分かれる。

それはコンクール出場を目標とする(ストイックな)人間と、音楽を楽しむことに重点を置く人間だ。もちろん前者と後者に完全に分かれない、音楽を楽しみつつもコンクール出場を目標にできる人間もいるが、コンクール出場を目標にする限りどうしても練習はハードになるため、音楽を楽しむこととのトレードオフになりやすい。

それから音楽を楽しむことに重点を置く人間は、人間関係を重視する傾向にある。例えば、ある人の演奏スキルが低くても優しく指導することができるが(悪く言えば、人間関係が悪化することを恐れ、他人の演奏スキルに口出ししないこともある)、コンクール出場を目標とする人間は指導が厳しい。その結果「あの先輩怖い」みたいなことになりがちだ。

もちろん、様々な部員をこんなに単純には説明できないが、そういう二極化があるのだと思って聞いてもらいたい。言い換えれば、必ずしも吹奏楽部員はみんながみんなコンクール出場を目指しているわけではないということだ。

 

それから野球部の応援についてだが、これも毎年行うもので、コンクールの出場のためほどではないが、それなりの時間を練習に割く。私の高校では、甲子園の予選以外にも大きな野球部の大会があって、そのときにも応援に駆り出された。負担は決して少なくない。ボランティアでやっているという感覚でもなく、個人的には吹奏楽部の活動の一環だったととらえている。

また応援では、応援団(チアガール)とも一緒に行動することになる。一蓮托生というか、仮に吹奏楽部が応援に行かなければ応援団やチアガールは困ったことになるのは間違いないだろう。なにが言いたいかというと、コンクールに出場することだけが吹奏楽部の活動ではないということだ。

 

私はそういう事情をよく知っていたので、当初の、美談のように流れた、吹奏楽部員が甲子園に行くという選択をしたというニュースも、あり得る話だなと思った。

と同時に、これはとても酷な話だな、とも思った。

 

詳しいところはよく分からないのだけれども、コンクールに出場するのか、甲子園に出場するのかは、最終的に吹奏楽部員が決めたようだ。しかし、コンクールに出場するのか、甲子園に応援に行くのか、そんなことは話し合って決められる類いの物ではないのだ。どうしても決めろと言われれば多数決で決めるしかないだろうが、そんなことに、いったいどれほどの意味があるというのだろう。

 

もし私が同じ立場でしかも部長だったりしたら、これほどストレスのかかる事態はない。前述の通り、吹奏楽部員は元々2つのタイプに分かれているが、普段はそれが明確にされることはない。明確にしないことで、ある意味では円満に部活動をおこなっているのだ。しかしこのコンクールか甲子園かの議論の場では、はっきりと派閥に分かれ「ねえ、あなたはどっちにつくの?」なんて会話がなされるにちがいない。そんなことになれば、どういう結果になったとしても、そこには大きなしこりが残るだろう。

 

だから私は、顧問の先生なりが、部員の意見を聞くだけ聞いて、先生の一存でコンクールに出場するか、甲子園に応援に行くかを決めるほうがよかったと思っている。「文句があるなら、ぜんぶ先生に言いなさい」くらいのことを、先生には言ってもらいたかった。もちろん、先生の決定に不満を持つ生徒はいるだろうが、そのはけ口が練習をともにしてきた部員に向けられるような不幸な事態だけは避けられただろう。

 

最後にもうひとつだけ小言を言わせてもらうと、今回の件、できることなら野球部側から吹奏楽部の応援を辞退するようなことがあってもよかったのではないかと思っている。ひとつの目標に向かってがんばるという意味では吹奏楽部も野球部も同じなのだ。吹奏楽部のコンクールと甲子園の日程が重なっていることが分かった時点で「おまえらは、おまえらのフィールドでがんばってこいよ! 一緒に頂点めざそうぜ!」」みたいな声かけが野球部からあったら、ちょーかっこいいな、なんて思ったり。そしたら吹奏楽部も迷わずコンクールに出場したんじゃないかな。

あ、これ、野球部を責めてるわけでは全然ないです。野球部の当事者からしたらそれどころじゃないでしょうし。

ただ、こういうやりとりがあったら、青春ドラマとしてはめっちゃいいな(ありがちだな!)みたいなそんなことをふと思っただけです。

おしまいです。

 

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